10 朝の散歩は日課です

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10 朝の散歩は日課です

 さて、カサブランカは一旦背伸びをすると、重いドレスを着たままで屈伸運動をする。  いい塩梅で解れたと判断し、如何にも重さがありそうな木造りのドアに近付くとドアノブに手を掛けて引っ張ってみた。  鍵が掛かっているのは想定内なので気にしない事にする。  「いつもの日課を欠かすと健康に良くありませんものね♡」  そう言いながらもう1度ドアノブを強く引っ張ると、重い扉が開いた。  「散歩の時間に少々遅れてしまったわね」  カサブランカは困ったように一瞬だけ眉根を寄せて、次に妖艶な微笑みを浮かべ直すとドアを潜って、楽しげな足取りで廊下へと出て行った。  因みにドアノブが彼女の去った後に転がっていた事には片目をつぶって頂けるとありがたい案件である―― ××××××××××  朝日に照らされた美しい庭園のど真ん中を優雅に進むカサブランカ嬢。  北の塔の監禁部屋から出た廊下にも、階段を降りたホールにも、そこから続く出入口にすら見張りの衛兵は為、悠々と美しく整えられた小道を進んで行く。  「見張りが1人も居ないなんておかしいわね」  訝しみながら道なりに進んで行くと蔓薔薇が巻き付いた白いアーチが見え、その向こうに花壇の手入れをしている男性の後ろ姿が見える。  どうやら庭師のようで、右肩に小さな脚立を担ぎ麦わら帽子を被っている。作業着の左肩の辺りには緑色の葉っぱがくっついているのが見えた。  彼女は庭師を驚かさないようにそっと近づいて行くと、  「あの、もし。そこの庭師の方。申し訳ありませんが・・・」  そう後ろから声をかけた。  彼は急に話しかけられたにも関わらず、普通に彼女に向かい  「おはようございます、カサブランカ嬢?」  そう返事をしながら笑顔で振り返った。  その顔は、紛れもなく彼女の婚約者であるフレデリック第2王子殿下であった。  「・・・ おはようございます・・・ 何故殿下が庭師? なのですか?」  一目会ったら昨晩の仕打ちに対する文句をぶち撒けてやる心積もりをしていた筈が、余りにも想定外の格好をした王子に驚き過ぎて思わず妙な質問をしてしまうカサブランカ。  「ああ、この恰好? 薔薇を育てるのが私の趣味だからね。それより昨晩はよく眠れなかったんじゃないかな? あそこは寝心地が悪かっただろう。すまなかったね。王子宮の客間までエスコートしよう」  そう言いながら梯子をすぐ側の白く塗られた柵に立て掛けると、懐からハンカチを取り出して自らの両手を拭い彼女に向かってエスコートのために片方の手を差し出した。  確かにカサブランカは花の中では薔薇が1番好きではあったが、昨晩聖女を貶めたと、彼女に冤罪を擦り付けた男のすることにしては少々不自然過ぎないだろうかと、彼女が訳がわからないという顔になってしまったのは仕方ないと思う――  「朝の散歩が君の日課と聞いていたので、そろそろ降りてくるだろうと思って待っていたんだ」  そう言いながら、胸元のポケットから赤い薔薇を1輪彼女に差し出す彼は今迄見知っていた王子とは全く別人のように見えた。
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