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本編
俺の親父が老いぼれて、実家の広い家で一人暮らしをはじめた際、一度だけ顔を出した時の事を思い出した。
「人は一人じゃ生きられないもんだ」
妻、俺の母さんに先立たれ独り身になった親父はそう零した。不穏な言葉だと思った。
だがそんなものは杞憂でしかなかった。親父は所謂コミュ力おばけというやつで、今でも近所付き合いをよくやっている。地元の老人クラブでは運動神経の良さも手伝い兄貴肌を遺憾なく発揮しているらしい。らしいというのは、もうここ十年は会っていないからだ。
若い頃は口先だけで生き抜いたと親父はよく自慢するやんちゃな男で、平成の暗黒時代に食う物に困らなかったのは俺のおかげだと、酒を飲む度に俺や就職難に喘いだ親戚に話していた。自分の仕事の成果や、その裏で行ったちょっとした悪事を、武勇伝のように語る饒舌な親父の姿を見て育った。
そんな親父も母さんが亡くなった時はひどく落ち込んでやつれていた。介護疲れもあったのだろうけど。
親不孝者の俺は、ある時を境に親父と会わなくなった。
俺は親父ほど社会を上手く渡る才能は無かった。
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