空染と星撒

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目を開ける。 眩しい。 身を捩る。 足の感覚はないまま。 葦の茂みの間に寝かされていた。 首を傾ける。 星撒が空を染めていた。 明るい池のほとりに立つ、濃紺の影。 「朝日」 明るい。 夜は去っていた。 乳白色の、霧の立ちこめる朝。 星撒が、朝を染めている。 「空染」 反対側から声がして。 「汲妹」 怒っているのが分かる。 「池に落ちたのを、主が助けたんですよ」 空染の周り。 夜に染まった葦が。 枯れている。 自分を見下ろす。 寝巻きが夜に染まっている。 寝巻きだけじゃない。 身体もだ。 「世界を染める染料なんですよ?  何を考えているんです」 「夜が、あたたかくて、  引きずり込まれた」 触れた一瞬だけだった。 落ちた瞬間。 星撒が消えた。 師匠も消えた。 汲妹も。 これまでに出会った人も。 美しいと感じたものも。 大事だったものが全て消えた。 「黒は、絶対的な死です。  照らす銀河がなければ、  一瞬で(それ)に飲みこまれていたでしょう」 「染料の話じゃない。  星撒の空を見るたびに、  寂しくなるんだ。  ひとりがこわくて、  どこかへ行きたくなるんだ。  今だって、そうだ」 霧の朝。 陽光が柔らかに降る。 青い空は遠くて。 届かない。 「どこか?」 「どこだろう」 星撒のところへ行きたい。 動かない身を捩る。 汲妹はため息をついた。 「確かに染料の話じゃありませんね…」 柄杓を差し出す。 「主の中の(それ)に当てられたのでしょう。  飲んでください。  (それ)を落とします」 「落とせるの?」 「正確には、  上から染め直すという感じです」 「透明になる努力…」 「空染?」 「ううん」 柄杓の水を飲む。 冷たい。 喉が痛い。 冷気が下っていくのが分かる。 腹に溜まる。 柄杓を返すと、今度はその冷水を、足にかけ始めた。 「ぎゃっ!」 「冷たいですか?」 「冷たいよ」 「よかった。感覚が戻ってきてる」 汲妹は容赦なく水を浴びせ続ける。 夜空の色に染まったつま先が、ぎゅっと縮む。 「危うく死と溶けあうところだったんです。  自分の足の輪郭を思い出してください」 水がぶつかるたびに、足が震える。 濡れた作務衣が気持ち悪い。 新しい水がかかるたびに冷たいのは、空染の体温があるからだ。 身体が震えだす。 「寒い」 「寮に戻って衣を変えましょう。  今日は休んで、明日からまた仕事です」 「星撒一人じゃ」 「私が手伝います」 空染の身体を起こす。 「主の描く空を見るたびに、  孤独を感じ、寂しさが募るのでしょう」 「うん」 「主に、  心まで染められたのですよ。  だから寂しいと感じ、  夜空に飲み込まれたのです」 あの、寂しさは。 星撒の叫びだったんだ。
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