空染と星撒

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寮の3階の窓から見下ろすと、池のそばに腰を下ろす星撒が見える。 1人部屋になって初めて、この窓から池が見えることを知った。 夜をどう染めているかなんて、これまで知らなかった。 元は師匠が夜を染め、弟子である星撒と空染の2人で昼を染めていた。 晴天も、曇天も。 星撒が教えてくれて、わいわい言いながら染めるのが好きだった。 星撒は、掃いたような細い雲の筋を作るのが好きだった。 秋の空によく似合う、透き通る翡翠色。 夏の雲を作るのは大変だった。 前の日から、綿飴をこんもりを作って、忙しなく池に浮かべて。 調子に乗って足を踏み外して、池に落ちかけたこともあったっけ。 あれは師匠にこっぴどく叱られた。 何を言われたかは、忘れてしまった。 落ちかけた空染より、星撒の方が怒られていた。 1年前。 師匠が天界に召されて、星撒が後を継いだ時。 お下がりのように昼を任されて。 ついでのように独り立ちした。 それまで星撒が着ていた浅葱色の作務衣を着て。 それまで空染がしていた色汲みの仕事を汲妹に教えて。 寝るまで兄弟子とふざけ合っていた時は、知らなかった。 夜は静かで。 冷たい。 夜の闇に星が呑まれる。 金銀の星屑を少しずつ足している。 藍色を垂らす。 淵に溜まった星を、掬って捨てる。 一晩中。 ああして夜を見守るのだ。 師匠が天界に召された後は、忙しかった。 準備はしてきたつもりだけど。 自分にもできると思っていたけど。 どう染めたらいいか分からなくて。 何度も、濁った空に泣いて。 汲妹に励まされて。 曇り空で誤魔化して。 兄弟子を頼りたかったけど。 社の主になったばかりで、疲れて眠る星撒を起こせなくて。 これまで2人で染めてきた空を、思い出して。 ふざけながら教えられたことを、捻り出して。 必死で。 毎日毎日。 染めてきた。 気づいたら。 もう1年が経つ。
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