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「……え!?」
「まあまあ、聞いて下さい。この薬が生産中止してるのは知ってますよね?」
「……まあ、それ位は」
西野さんは悪魔みたいな顔で美しく笑うと、煙草に火をつける。そして袋に入れた昨日の飲みかけのハイボール缶を拾い上げて飲み始めた。
「私、今なんかいい感じなんですよね……って、もしかして引いてますか?」
「いや、全然……」
馬鹿正直に引いた、なんて言えば蹴りが飛んでくるのは確定なので、空気を読んで言わない事にした。
「それでですね、コレクター達が鑑賞用に薬を欲しがってるらしいんです。なので金持ちの所に密売しにいけば、1等の宝くじが紙切れみたいに見えるくらいの金が手に入ると思うんです」
「いや薬の売買って犯罪じゃ……?」
「おくすり」の取引は法律で禁止されている。当然の事実を告げると、西野さんは顔をぷくっと膨らませてきた。
「東雲さんは私の人生を見事に狂わせました。充分犯罪者ですよ!今更罪を重ねる位何とも無い筈です!あ、お金が足りないかもしれないって思ってるんですか?私の分の薬を売っても良いですよ!」
表情を見るとふにゃけている。つまり酔っているという事で、この会話中もずっと頭をわしゃわしゃと犬みたいに撫でられ続けている。
「……東雲さん?どうして泣いてるんですか?」
「どうしてこんな優しくしてくれるんですか?出会ってまだ1日なのに、僕の事、恨んでる筈なのに」
西野さんが特別優しい人だとしても、僕はそれを信じてあげられない。過去の記憶が僕に甘えを許さない。
「私、映画好きなんです」
「……え?」
「最近の映画は皆笑顔で面白みの欠片も無いんです。怒りとか悲しみって物を忘れて、ハッピーエンドな話ばかりで退屈なんです。面白い創作物を見たいだけ。だから、その、私は東雲さんに優しくしてる訳じゃ無いです。自分の為、そう自分の為です!ふんだ!」
東雲さんがまた無茶苦茶な事を言って、僕にさっきの酒を飲ませようと力づくで口を開けさせようとする。
「私に夢を見させて下さいよ、東雲さん」
悲しい声が聞こえた。僕は思考する。そして東雲さんから酒を奪い取って、一気飲みした。
「先に言っておきますが、まだやるとは言ってません。言ってませんけど、僕の人生設計のプランの1つとして置いておきます!」
「……意気地無し」
「……あと、酔ったフリしてくれてありがとうございました。バレバレでしたよ」
そう言うと、西野さんの顔は一気に赤くなった。そして雪を投げようと身を屈めた。その行為を僕も丁度取ろうとしていたから、意図せず見つめ合う形になってしまった。
僕達はまた、笑い合った。
過去も何もかもを置き去りにして。
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