おくすり

「煙草要ります？」
「初対面の人に煙草勧めますか？」
「私は勧めます。煙草を吸うかどうかでその人の人生が推し量れる気がするので」

　太陽がもう姿も見えなくなって、チカチカと点滅する誘蛾灯だけが僕達の存在を照らしている。煙草に火が付けられ、弱々しく光を放っている。

「……まさか僕以外に服用していない人と現実で出会えるなんて」
「それはこっちの台詞です。あれを服用していない人と会うなんて、夢にも思いませんでした」

　冷静な口調の中に明らかな動揺が見て取れる。煙草を持つ手は震えていて、目線が覚束無いのが分かる。僕も足の貧乏ゆすりが止まらない。冷たいコーラがかかったせいでは無いのは僕自身が1番分かっている。

「私、西野と言います。下の名前は個人情報保護の為に差し支えさせて下さい。記念写真とかも撮りたくありません。この表情をネットに上げられてしまえば、簡単に人生が終わりますから」

　「おくすり」を服用していない人をネットで叩く文化が発達している以上、西野さんの判断は正しいと言えるだろう。僕も「分かりました」と承諾する。

「理解が早くて助かります。ちなみにあなたの名前は何ですか？」
「……僕は大岡と言います。最近この街に引っ越して来たんです」

　バレないとは思うが念の為に偽名を用いる。この人を信用していいかまだ判断がつかない。運命の出会いとか何だとか考えていたが、それも一過性の脳が生み出した化学物質の力だと思えば、慎重にもなるものだ。

「西野さんはどうして薬を飲まなかったんですか？」
「多分あなたと同じです。友達が居なかったんですよ、私」

　「おくすり」が日本で急激に広まった理由の1つに、友人達と集団で服用したり、家族と一緒に服用したりした事例が頻発したらしい。赤信号を皆で通れば恐怖が緩和される様に、薬を服用する恐怖を少しでも安らげたかったのだろう。

「怖くなかったんですか？周りの人達が笑顔になって、取り残されてる様な気分にならなかったんですか？」
「さっきから質問ばっかりですね。私も聞きたい事がいっぱいあるのに」

　西野さんは嘆息すると、吸い終えた煙草を地面に落とした。そして2本目に入る。

「……父母と祖父が薬を服用して、その様子を観察していたんです。学校から帰ってきて、私はすぐに逃げました。その顔が、余りにも怖かったから」