おくすり

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 酒が入った西野さんはさっきよりも饒舌になっていた。煙草を吸ってお酒を飲む。おつまみが煙草なのかよとツッコミたくなったが初対面の人だった事を思い出して我慢した。 「どうして僕達って生きてるんでしょうね?」 「それはあれですよ。快楽を求めてるんですよ。生きてたら良い事あるかもしれないですし。今がその良い事なんですけどね!」  論理が破綻して口調が少し馴れ馴れしくなってきた。いや、僕もいつの間にか言葉に熱が入っている。今まで出会ったどんな人よりも一挙手一投足を注目してしまう。どうやら本格的にお酒に酔わされたみたいだ。 「まるで、この世界に2人しか居ないみたいですね。まあ実質終末世界みたいなものですか。正常な人なんて殆ど残ってないですし」 「ふふふ、口説きが上手いですね!」 「いや口説いた訳では……」  寒さが酔い醒ましにならない程の泥酔っぷりだ。頬が紅潮して、呂律も馬鹿になっている。そんな様子を三日月だけが眺めている。  僕達は数え切れない程の馬鹿話をして、今までの苦痛を酒で流し切った。西野さんは酔い過ぎて僕にじゃんけんを要求し、僕が出したチョキをパーで包み込んで指をへし折ろうとした。元空手部らしく、力がとてつもなく強かった。  僕は西野さんに蘊蓄(うんちく)話を沢山聞かせてげんなりさせてしまった。まともに人と話すのが久しぶりすぎて鬱も表面に出なかった。この世に治せない病は無いと大声で叫んで、マンションに住んでいる人に笑顔で怒鳴られてしまった。煙草が少し美味しくなってきて、僕達のタガはどんどん外れていく。寒気も不安も今だけは忘れていく。  笑い溢れる世界で、僕達は本当の意味で笑い合えたのかもしれない。
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