おくすり

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 心臓がドクンと跳ねる。西野さんは背けていた顔を僕の方に向けて、コーヒーを啜る。 「……何の事やら」 「別に隠さなくて良いんですよ。詮索するつもりもありませんし。でもあなたがこの街にいるって事は私にとって少し、いやかなりショックです」  僕は曖昧な微笑みを止め、コーヒーもベンチの肘掛けに置いて、白い息を吐いた。 「僕の事、恨んでますよね?」 「……かもしれないですね」  昨日から気付いていたのだろうか。それとも今日何処かで違和感を感じ取ったのか。聞きたかったけど、昨日の馬鹿騒ぎの価値が著しく下がるような気がして、声が出なかった。 「治療方法、見つからなかったんですね」 「……あの薬は煙草や酒や覚醒剤とは話が違います。あれは中毒性が。つまり1回服用するだけで脳の反応は止まらなくなります」  僕はそのまま薬の説明を始めようとして、止めた。西野さんの顔が、少しも笑っていなかったから。 「僕達、出会うべきじゃ無かったのかも知れませんね」 「……。私はあなたがした事を咎めたりしません。だから、を手放して下さい」  僕は「おくすり」を右手に持って、西野さんに見せる。もう限界だった。西野さんに侮蔑の目を向けられたく無かった。薬の創成者として生きて、仲間に研究を持ち逃げされた事を考えるのももう嫌だった。昨日の幸福も忘れるくらいの鬱症状が僕の頭を覆っていた。 「ごめんなさい……もう、耐えられない」  そしてそのまま「おくすり」を━━━━━ 「ぐほっ!?」 「馬鹿ですね。間合いですよ!」  西野さんのハイキックが僕の頭を撃ち抜いた。鈍痛が来て、僕は声にならない声をあげる。西野さんは子供の様にジタバタ藻掻く僕を持ち上げてベンチに座らせた。 「元空手部って言ったでしょう」  フンと鼻を鳴らすと、僕が固く握っていた薬を無理やり奪い取った。そして代わりに(いちご)の飴玉を取り出して、無理やり僕の口に突っ込んできた。 「飴でも舐めてて下さい」  まだ残っている痛みと飴玉の柔らかい甘みが合わさって僕はなんとも言えない顔を作り出した。 「私はあなたを許しません。今までどんな苦労があったのか、昨日のだけじゃ全然語れてません。恨み言なら無限に出てきますよ、まったく」 「う……」 「……もし許されたいと思うなら、あの薬に効く治療方法を見つけて下さい。出来ないとか御託は聞きたくないです」  無茶苦茶な提案だ。もはや脅しに近い。僕は首を振って、拒否の意志を示す。 「研究室を追い出されたんです。それにお金も足りない。申し訳ないとは思うけど、今更僕に出来る事は……」 「馬鹿ですね、東雲さん。宝石なら今ここにあると言うのに」  西野さんは人差し指を、「おくすり」に向けた。 「これ、売っちゃいましょうよ」
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