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「おかえりなさい」
「ただいま」
「今日は遅かったのね」
「ああ、明日の材料を買いに行ってた」
「そう、じゃぁ何にするか決まったのね?」
「ああ」
「楽しみだわ!」
俺は前島渉(まえじまわたる)、66歳。
最前線での仕事は退職したが、でも何かしら仕事をしていないと自分ではないような気がして、時々友人の仕事を手伝ったりしているが、それ以外は妻とゆっくり旅行をしたり最近は趣味もやり始めた。旅行や趣味をゆっくり出来るなんて‥‥昔は忙しくてそれどころではなかった。子供は娘が1人と息子1人いるが、子育てをしたとは到底言えない。
子供達は今は立派に成長し社会人になり妻には本当に感謝している。
父親として何もしてあげる事ができなかったと後悔している。一緒に遊ぶ事や日常の世話も数えるほどだ。だが、朝ごはんだけでもなるべく一緒にと思っていた。子供達が大学生くらいになる頃からはバラバラになる事も増えていったが、子供達も家にいる時は一緒に朝ごはんをきちんと食べてくれた。少し大人になった子供達と何を話すという事ではないが、妻と子供達が「芽衣子、今日は何時頃帰るの?」「光介、バイトあるの?」「お母さん、私のワンピースのクリーニング取りに行ってくれた?」「ねーちゃん、オレのプリン食べただろ?」などの会話をご飯を食べながら聞いている。
この時間が好きだ。
今は2人共に家を出て息子は1人暮らしを娘は婚約者と一緒に住んでいて来週には結婚式を挙げる。昔ほど賑やかではないが妻と食べるゆったりとした朝ごはんも好きである。
今日は夜に久し振りに4人がそろう。娘が結婚をする前にと家族で集まる計画をしたのだ。
娘が『前島』としてこの家に最後に帰ってくる。なので明日は俺が最近、習い始めた料理を解禁する事にした。
料理は若い頃に少し自炊していた時はあるが結婚してからはしていない。妻の料理は美味しいし。でも半年前に妻が体調を崩した時にチャーハンや味噌汁、カレーなどを作ってみたら料理にハマってしまった。ご飯ものだけでなくデザートも作ってみたく妻に相談した。
妻は「私はデザート類はあまり得意じゃないから‥‥あ!そう言えば、駅前に料理教室が出来たみたいよ?チラシがきてたから。見学してみたら?最近は男性も多いみたいだし」とすすめられ料理教室をのぞいてみたら妻の言うように男性も数人いた。体験も出来て楽しく俺は見学をしたその日に入会を決めた。
それから週に2回休まず行っている。この事は妻以外は知らない。だから、明日は俺の手料理を子供達に初めて食べて貰う事になる。
娘の門出に。少し特別感も出しつつも今までみたいなあったかな朝ごはんを作ろう。
もちろん、デザート付きで。
娘よ、結婚おめでとう。幸せに。
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