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1 一ノ瀬梨美
「ああ、あいつ。また男が変わったな」
向かいに座った夏川がほとほと呆れるようにため息を吐いた。その視線の先を追う。学内カフェテリアのカウンターテーブルに座り、ナイフフォークを使って優雅にランチをしている女子一名。肩甲骨あたりまで伸びた栗色の髪はゆるいウェーブがかかっている。
「あれ、一ノ瀬さん?」
驚いて夏川を見ると、彼は「ビーンゴ」と苦笑した。
一ノ瀬梨美。文学部国文科二年生。ちなみに夏川の元彼女。先週金曜日までは黒髪サラサラストレートでナチュラルメイクだったのに、今日は目元が強調された派手なものになっている。靴の高さもぺたんこくらい低かったのに、十センチほどのピンヒールと来ている。あんな細いヒールでよく平気だなあと、いささか感心してしまった。
「あいつは本当にわかりやすいよなあ。男が変わるとカメレオンみたいにモデルチェンジするからさ。今度の男はエリートサラリーマンか、医者か。とにかく金持ってる男だろうなあ。着ているもんも高そうだしなあ」
夏川はズルズルッと毎回頼むなじみの天ぷらそばをすすりながら、恨めしそうな顔でつぶやいた。確かに彼の言う通り、彼女の着ている白いワンピースも靴もすこぶる高そうに見える。学生が容易に買えるような代物にも見えない。
「なんでこう、男が変わるたんびにガラッと自分を変えられるんだかねえ。あれって結局、自分がないってことだよな!」
「そうかなあ? 逆じゃないか? 自分があるからこそ、相手によって変えられるんだと思うけど」
「おまえ、バカ? 自分があるやつが相手の好みに変えるわけねえだろ?」
「そんなこと言ったら夏川は彼女と付き合っているとき、自分色に染まってくれるところがめちゃくちゃかわいいって、デレデレしてたような覚えあるけど?」
「夢から覚めて現実が見えたんだよ」と彼はむっとしたように唇を尖らせて俺を睨んだ。
「そんなもんかねえ」
「そんなもんだよ! さあて、今度はいつまで続くかなあ」
夏川がつぶやく。「どうだろうね」と気のない返事をしながら一ノ瀬さんを見た。彼女は長く細い足を悩ましげに組み替えながら、ゆったりとコーヒーカップに口をつけた。
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