盲目なファン

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盲目なファン

 「いたぞ、倉本だ!」 駅の改札を通ったところでいつもの声が聞こえた。  「(くっそ、帽子で顔を隠してたってのにばれるか…!)」 鞄を抱えるように持ち、亮介は通勤ラッシュの流れを切断するように動いた。途中、何度もぶつかり罵声を浴びせられたが、そんなこと気にも止まらなかった。とにかく遠くへ、ただそれだけが頭の中を支配していた。  通勤ラッシュの長蛇の列を横切ったことが功をそうしたのか、天野たちの姿はなかった。  「はぁ、はぁ…。」 切れた息を整えようと寄りかかったのは、カプセルトイーいわゆるガチャガチャというやつだった。  「またこれか…!」 寸分の狂いなく『BEAT IT!!』に染まった20台のカプセルトイに思わず体が離れた。  長い時間をかけ駅を出た亮介は、再び帽子を深くかぶると近くのコンビニに逃げ込むように入った。店内では意識なく聞き飽きた『BEAT IT!!』の主題歌が流れていた。  「ここも同じか…。」 特典ファイル、くじ、コラボ商品と店内は既に半分ほど『BEAT IT!!』に染まっていた。亮介はまだ染まっていない数少ない商品を手に取るとレジへ向かった。  「らっしゃっせー。あ、ただいまキャンペーン中でして…飲み物を買われるとこちらの『BEAT IT!!』特別ステッカーを―」  「結構です!」 亮介はきっぱりと断りを入れると、お釣りも受け取らずに急いでコンビニを出た。  …別に『BEAT IT!!』…流行りものが嫌いというわけではない。俺はただ、"機械的に動く社会"が、"盲目的なファン"が嫌なのだ。  ある作品が流行れば、一時的に街もSNSもそれ一色に染まる。もちろん、一定は生存戦略と理解してはいるものの、宗教的な一種の不気味さを感じてしまう。  …目を瞑ればいいって?一日中目を瞑ることなんてできないだろう?  そして、何よりも"盲目的なファン"、これが流行りものを好めない一番の理由だ。"盲目的なファン"は見えもしない馬鹿げた物差しで他人を測り、都合よく敵味方を分類する。敵として認識されると見境なく噛みついてくる。  そんな中、誰がその輪に入ろうというのだろうか。奴らは盲目がゆえに気が付かないのだ、自分たちがその輪を縮めていることに。  そんなことを考えているといつの間にか家の前に着いていた。途中、天野たちと遭遇しなかったのは運がよかったな。  「なんとか今日も無事に帰ってこれたか。」 亮介はホッとため息をつき、ドアを開けた。靴があるということは…弟が返ってきているらしい。  リビングから聞き飽きた音楽が聞こえてくる。
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