6年目

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「ーー社長ですか?瀬戸です。はい、はい……」 11時を過ぎた頃、社用携帯が鳴った。一応本日責任者の僕が持つことになっていたので出ると、社長が診察を終えたとの連絡だった。 「わかりました。あの、お大事にしてください」 僕が携帯を切ると、隣にいた佐倉と少し前に合流した奥平と結城が「社長?」と聞いてきた。 「はい。風邪みたいです。ひとまず休むと」 「社長、最近バンバン出張してたもんなぁ」 「そうですね。疲れたまってたんでしょう」 クリエイターの結城と、奥平が話している。どうやら2人ともこういう施設は好きなようで意気投合したらしい。 「結城さん、よく奥平のオタクトークについていけるっすね」 「あーまあ。俺、こういうの結構好きよ」 「佐倉、お前は芸術をナメすぎ」 「は?いや、お前さっき相当マニアックなこと言ってたよな。絵画とかそのへんの壺とかに対して何年前の誰がどんな状況で作り出したやらなんやら」 「そのへんの壺?お前、今すぐ芸術に謝れ」 奥平が佐倉の腕をつかんだところを結城が止める。なにやってんだ、まったく。 そうこうしているうちに、集合時間の11時20分が近づいてくる。ランチの予約があるので僕は佐倉たちに声をかけ、入り口ロビーに行くよう促した。 ***** 10分ほど歩いたところにある店を貸し切り、本日のランチ会場にした。 12時予約だったが、なんやかや集合が遅れ、ギリギリになった。 僕と槙谷は入り口に近いところに席を取り、人数やメニューを確認する。 社員は皆、それぞれ好きなところに座り始めた。 「瀬戸。どうだ?メニュー決まってるか?」 「あ、はい。ランチを。飲み物は、今から頼みますけど……どうしましょう」 営業部長の野川が前に来て、「おーい、注目!」と言った。 「昼だからアルコールはなしな。今から俺がソフトドリンク言ってくから、飲みたいもん手ぇあげろー」 そう言って、野川はあっという間に注文をとってくれた。 「あ、あの。ありがとうございます、野川さん」 「全然。これくらい。ところで、社長から連絡きたか?」 「あ、はい。病院で、風邪だと。今日はとにかく寝てるそうです」 「そうか。わかった。またなんかあったら言ってくれな」 ……さすが営業部長。すごいな。 僕は野川が取ってくれた数を店員に伝えた。 ドリンクはすぐに出てきた。 「えっとー、皆さんドリンク行き渡りましたかー?」 槙谷がそう確認する。後ろの席まで届いたのを確認すると、そのまま喋りだした。 「じゃあ、今日はお疲れさまでしたー!社長がいないのは残念ですけど、どうやら疲れがたまっていたみたいです。皆さん、あんまり社長に負担かけないように、これからも頑張りましょうね~!じゃ、まあ、堅苦しいことは抜きにして、乾杯~っ!」 「「お疲れさまっしたー!」」 すると、皆が安心したように談笑し始めた。ランチも運ばれてきたので、僕と槙谷も手伝って運んだ。 「槙谷さん」 「はい?」 「……その、ありがとう。本当は僕が言わなきゃいけなかったのに………」 最後に自分と槙谷の分のランチをテーブルに置き、僕は槙谷に感謝した。 「いいですよう、そんなの。やれる人がやればいいんですから!ほら、早く食べましょ。食べ終わったらもう各自解散ですから、瀬戸さんも早く行きたいでしょ」 「え?」 槙谷はランチのサラダのプチトマトにフォークをさしながら言った。 「お見舞い。あ、でも、18時の宴会までには、戻ってきてくださいね」 ーーランチ終了後は、自由行動だ。 そのまま帰宅しても、遊びにいくのも自由。 18時から希望者のみ、夕食の宴会場に集まることになっている。 部長たちや、家族がいる社員は参加しないが、独身者は概ね参加になっていたな。夕食は、ランチよりもまた少し豪華だし。 「瀬戸さん、出かけますか?」 「あ、うん、ちょっと」 会計を終えた僕に、奥平が話しかけてきた。 「奥平は?夕飯までどうすんの?」 「あー。結城さんと、佐倉と、そこのカラオケでも行こうかって」 「カラオケ?奥平歌えるの?」 「歌えますよ、流行りの曲もアニソンからバラード、洋楽まで基本なんでも」 「えぇ?お前、これまで一体どんな生活送ってきたんだよ?」 芸術分野にもやたら詳しいし、歌までいけるとか。ほんと、謎な奴だな。 「あ~~!奥平ぁ、お前なに瀬戸さんとふたりで話してんだよ!!」 「は?ただの世間話だけど、なにか?」 「瀬戸さん大丈夫?こいつちょっとよくわかんねーとこあるから、気をつけて!」 「失礼だなお前。……お前こそ、さっき瀬戸さんの手握ってただろ。なんだあれ、セクハラで訴えられても知らねーぞ」 奥平がそういうと佐倉が「なんで知ってんだよ!」と叫ぶ。そこに、田部と新城が近づいてきた。 「え?なになに?佐倉が瀬戸さんにセクハラしたのぉ~?」 「うっせー新城!!お前は会話にまざってくんな!ややこしくなるっ」 「あ?佐倉、お前、俺の女になんて口きいてんだよ!」 「え?おい、まてまて。なんだよ、もめんなよ、こんなとこで!」 佐倉と田部の言い合いに気づいた結城と伊藤がふたりの間に入って止めた。 新城はその隙に槙谷にぴたりとくっつくように近寄っている。 ……マジかよ、勘弁してくれよ。 店を離れようとした僕は、責任者としてどうしようかと考えていたら、「瀬戸」と後ろから腕を捕まれた。 「ーー長谷川」 「お前、社長の見舞いに行くんだろ?ここはいいから早く行けよ」 「え、でもあれ……」 「なんとかする。あ、で、これ、今日行ってきた京地マサヤの事務所との書類の控え。社長、気にしてるかもしれないから、渡してくれねーかな」 僕は、長谷川から書類を受け取り頷いた。 「じゃあ……ごめん。あと頼む。18時までには戻るから」 「おー了解」 長谷川はそういうと佐倉たちの間に入っていった。 ……よくわからないとこでケンカになるんだよなぁ、あいつら……。 僕は、長谷川や槙谷に感謝しながら社長の自宅に向かおうと足を早めた。 ***** 「ーーはぁ………着いた」 数駅電車を使って、社長の自宅の玄関前まで来た。 途中で、コンビニに寄り食べられそうなものを買った。電話して聞こうかと思ったが寝てるとあれだし、とりあえず来てみて出ないようなら書類はポストに、買ったものは扉にかけて帰るつもりで。 「……寝てるかな」 時刻はもうすぐ15時になる。 病院後の電話では、今日はとにかく寝てると話していたが……。 僕は、少しドキドキしながら、社長の家のインターフォンを押した。 ピンポーンという音が聞こえる。 「……………」 少し待ったが返事がない。 迷いながらも、もう一度、インターフォンを押そうとしたところで、ガチャ、と扉が開いた。 「あっ、社長?」 瀬戸です、と僕が名乗りながら中を覗こうとしたそのとき、「誰?」という聞きなれない声がした。 ーーえ? 僕は、ビクッとして、扉から出てきた人物を見上げるように見た。 「…………っ、あ、…………え?」 「ーーあ。きみ、確か秋人の会社の子だ」 出てきた人物は、僕を指差しながら微笑んだ。 秋人? 一瞬、誰のことを言っているのかわからなかった。 固まる僕に対して、目の前の人物はーー 非常に穏やかな顔をして僕をみていた。 「秋人のお見舞い?俺、京地マサヤ。覚えてる?」 京地マサヤーー。 社長の自宅の中から出てきた雑誌モデルの登場に、僕の思考回路は一時完全に停止した。
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