Telephone

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「少々お待ちください」 僕は電話を保留にして、社内をぐるっと見渡した。 あー、営業の奴ら、誰もいねぇじゃねぇか。 伊藤と長谷川は外回り…香川と大内は…また会議かよ、今日の会議って確か11時からじゃなかったか?今もう13時だけど。どんだけ会議やってんだよ。 社内の連絡ボードを細目に眺めながら、僕は頭の中でつい悪態をついてしまう。 瀬戸瑠偉。26歳。 社会人も4年目になり、仕事にも慣れた。 僕は、社員数20名ほどのベンチャー企業で、主に経理や総務の事務を担当している。 同じ部署には、40代で愛妻家の部長、岡野さんと、ひとつ年下の槙谷という女子社員がいる。 他には、営業部門、クリエイター部門があり、色んな広告を作ったり提案したりしている会社だ。 そして、事務職の僕は業務の半分くらい電話係になっている。 クリエイター部門の奴らはロクに電話も出れない専門色の強い奴が多いし、まあ、そもそも事務だから仕方ない、仕方ないんだが、やたらかかってくる営業担当への電話に、担当不在を知らせるため、いつも謝ってばかりだった。 受話器を持ちながら、内容的に他に回せそうな人間もいなかったので、僕ははぁ、と軽く息を吐いてから再び電話に出る。 「申し訳ありません、鈴木様。ただいま弊社の担当が席を外しておりまして…折り返しのお電話でもよろしいでしょうか?」 『えっ、あーそうなの?うーん、いつ頃返事くれる?』 「担当の携帯に連絡して、折り返すよう伝えますね。お時間のお約束はできかねますが、なるべく早く対応するように致しますので…」 『うーん、そうか、わかったよ。じゃあよろしく』 「かしこまりました。失礼致します」 相手が切ったのを確認してから、僕も受話器を置いた。 あーくそめんどくせぇ。 どうせ営業しかわからない内容なんだから、直接営業の電話にかけてくれりゃいいのに。 口には出せない、そんなひとりごとを頭の中で吐き切ってから、僕は電話の履歴から捕まりそうな長谷川に電話した。 が、出ない。 まじか、長谷川。なにしてんだよ、いつも出るじゃねーかよ。お前だけが頼りなのに。 僕は唯一の同期の顔を思い浮かべながら、頭の中で舌打ちした。 仕方がないので、伊藤にもかける。 が、こいつは大体いつも出ない。手が空いてたとしても出ないことが多い。僕よりひとつ年上の先輩ではあるが、正直あまり好きではない。なんかチャラチャラして………いや、責任感があまりないという意味で。 僕は再び受話器を置く。 あーまじでめんどくせぇ。 こうなったら会議室にいる、香川か大内に伝えるしかない。 緊急の用ではないかもしれないが、時間が経ってなんで早く連絡くれないんだとかクレーム入れられるのも嫌だし。 でもな、会議中に緊急じゃないと、今度は営業からも渋られるんだよな、僕が。 どっちにしたって、板挟み。 それなら社外の人間に物事を大きくされるより、社内の奴に少し嫌な顔をされるくらいで済んだ方がいい。 僕はそう決めて、会議室に内線を繋ぐことにした。 何コールかして、繋がった。 『はい、会議室』 「お疲れさまです、事務の瀬戸です。えっ…と」 『お~瀬戸くん。なに?どした?』 「……あ、っと…しゃ、社長ですか?」 『あ~うんそうそう。社長の堺です。どうした?』 おい、なんでた。 なんで社長が内線に出る。 僕は社長が出るとは全く想定しておらず、一瞬言葉に詰まる。 おいおいおい、いつもは大内あたりが出るじゃねーかよ、なに社長に内線取らせてんだ。 僕の頭は瞬間、混乱というよりは苛立ちが勝ったが、社長を待たせるわけにもいかず、言葉を続けた。 「あ……すみません。緊急ではないかもしれないんですが、先程、BBBセンターの鈴木様から営業の提案のことでお電話頂きまして…外回りが捕まらないので、どなたか対応して頂けたらと思ったのですが」 『あ~はいはい、鈴木さんね。あれのことかな?わかったわかった、大丈夫。俺が折り返ししとくから』 社長自ら連絡すると言われ、僕は面食らった。 まじか。 まあ別に僕は、誰がやってくれてもいいんだけど、…他の営業なにしてんだよ。 『あ、ところで瀬戸くん?』 「え…っ、あ、はい」 『あのさ、ちょっとひとつ調べものしてくれる?3日前の資料のことで…』 「あ、はい。かしこまりました。少々お待ちください」 内線を切ろうとしたところに、社長からの依頼。僕は思わず背筋がピンとなる。 すぐに調べられそうだったので、僕は受話器を耳と肩に挟みながら、ガサガサ資料を漁った。 すると、途中、ふふっと社長の声が聞こえた気がした。 「?…あの、すみません、お待たせ致しました」 『うん、ありがとう。瀬戸くん?』 「あ、はい」 『キミさ、電話対応すごく丁寧にしてくれるよね。俺がお客さんと話すとき、たまにうちの事務の電話対応がすごく良くて気持ちがいいって言われるんだ』 「ーーーーえ…」 『だから、いつもありがとう』 受話器越しのまさかの社長の言葉に、僕はがっと体温が上がった気がした。 ーーえ?なにこれ?僕、社長に褒められてる? 平社員事務の僕が社長と直接話す機会はほとんどない。社長が、僕と話したのは採用面接を含めて、数えられるほどだ。 「あ…っ、えっと、ありがとうございます…」 『いつも営業陣が迷惑かけてごめんね。俺からも電話出るよう言っとくから…って、おーい香川!印刷まだかー!』 「…っ」 受話器の向こうで、すみませんっ、と謝る香川の声。おいおい、なにしてんだよ、堺社長怒らせると怖いんだぞ。普段は穏やかな40代独身ダンディ男だけど。 「あ、えっと、じゃあ…鈴木様の件、よろしくお願いします」 『あっ、オッケー!ありがとね、またなんかあったら内線して。頼りにしてるから』 そう言って、社長は内線を切った。 僕も切れたのを確認してから受話器を置いた。 ーーーえ?ってゆーか僕、なんか褒められたんじゃね? 受話器を置いて、僕は自分の心臓が早くなってることに気づいた。 堺社長は、今の俺くらいの頃にこの会社を立ち上げたと聞いている、やり手だ。 顔も広く、親しみやすく、仕事もできる、尊敬するべき相手。 平社員の僕では、住む世界が違うのだけどーー 「…さん?」 「………」 「瀬戸さん?」 「…ぅわっ!は……はいっ」 「えっ…どうかしました?…なんか顔赤いですよ」 僕は、耳に残る社長の声に気をとられ、すぐに呼ばれた声に気づかなかった。 顔をあげると、同じ事務の女子社員の槙谷が休憩から戻ってきたのか、僕の目の前の席に座りながら、首をかしげている。 僕は、慌てて、なんでもないよ、と言ってデスクに向き直った。 ーーなんだろう、これ。この感じ。 緊張とか、焦りではない、もっと別のーーー プルルルプルルル そのときまた、電話がなった。 僕は、頭で考えてもわからないこの気持ちを一度片隅に置いて、条件反射のように電話音に手を伸ばす。 「ーーはい、お電話ありがとうございます。株式会社AAA、瀬戸でございます」 事務職の僕は業務の半分くらい電話係だ。 まあ…事務だから仕方ない、仕方ないんだが、 『いつも、ありがとう』 僕の対応で会社のイメージが変わる可能性のあるこの仕事を、なんだかんだ気に入っている。 「槙谷ですね。少々お待ちください」
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