プロローグ:昭和XX年

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プロローグ:昭和XX年

 気付いたら、ここにいた。  建てられたばかりの集合住宅。二階の端から三番目の四畳半。  (おれ)がどうしてここにいるのか、どこから来て、どこへ行くのか、そもそも己は何なのか。  わからない。何も。わかることはただひとつ――この部屋からは、決して出られないということ。  最初に部屋を訪れたのは、二人組の男だった。一人は大きな丸眼鏡が印象的な若い学生で、もう一人は恰幅のよい中年。己がぼんやりとしていたときに突然やってきたものだから、あのときはひどく驚いた。  ところが、二人には己の姿は全く見えていない様子で、己に気付く素振りも見せず、部屋の中を見回しながら話をはじめたのだった。  曰く、ここは賃貸物件で、この学生が最初の入居者に決まった、ということらしかった。一月の後に引っ越してきた彼は、以来この部屋で暮らすようになり、その間己はただじっと彼のことを見ていた。  夢を抱いて上京してきた彼が、日を追うごとに消沈していく姿を。  いくつかの季節が過ぎ、いつの間にか共感が芽生えていた。彼には己の存在など、認識すらされていないというのに。  転機が訪れたのは、四年目の春のこと。桜と共に彼は栄光を手にしたようだった。  人の社会のことはよくわからないから、彼が掴んだものが何だったのかは、今も見当がつかない。ただ、もっといい場所に住めるようになったらしい、ということだけは確かだった。  そのことを知ると同時に、このまま別れてしまうのは、少し寂しい――そんな思いが胸中に浮かんでいた。すると、おぼろげにではあるが、己がどうするべきなのかわかったような気がした。己の存在を、相手に認識させる方法。己は祈るような気持ちで試みた。  そうして、誰にも見られなかった己が、はじめて人前に姿を現せたのは、彼が荷物をまとめ終えたときのこと。ひとこと、おめでとう、と言ってやるために。  結局、ただ別れの挨拶を告げるだけでは我慢できずに、がらんとした部屋の真ん中で、時間の許す限り言葉を交わし続けたのだけれど。 「まるで、座敷童みたいなやつだな」  最初で最後の会話。その、別れのあいさつ代わりに受け取った言葉がそれだった。  座敷童。  その言葉が何を意味するものであるのか、当時は何も知らなかった。今もまだよくわからずにいるが、それでも。  あの日、彼がそう呼んでくれたから。だから己は――ボクは、この部屋の座敷童だ。
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