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二
無気力。
最低限のことしかしない。他にはなにもできない。何かをする意思がない。ただ呼吸を繰り返しているだけ。それでさえ、俺は本当にできているのだろうか。
このままじゃダメだとは自分でもわかっていた。わかっていても行動に移すことはなく。結局試みることといえば、暗い部屋の中で一人、白々しくも己に問いかけるのみ。
「本当に、これでいいのか」
と。
「いいんじゃないかな」
能天気な声だった。自分だけの世界の片隅から、まったく気負った様子もなく、軽い調子で投げつけられた。
目を向ける。白いワンピースを着た、子供の姿。なぜか俺のベッドに腰かけて、ぷらぷらと足を遊ばせている。
「ほんとうにダメなやつはさぁ、これでいいのか、なんて、思いすらしないんだよ」
ケラケラと笑う。線の細い貧相なガキだった。ワンピースに見えていたのも大人サイズのTシャツだ。ちんまい子供だから丈が余って裾が膝までを覆い、なんちゃってワンピースになっているだけ。
「なんだ、おまえ」
「座敷童」
「座敷童、って」
あたりを見回した。まだ見慣れない安アパートの一室。間取りは四畳半の1K。
「座敷なんて、どこにあるんだよ」
「そうは言うけどさ。さまにならないじゃんか。よじょーはんわらしとか、わんけーわらしなんてさ」
「……それは、まあ、そうだな」
「だろ?」
自称座敷童は、何が楽しいのかケラケラと笑った。それから、傍らのローテーブルに置いてあったスナック菓子の袋へと手を伸ばす。
「もらうよ」
「え、ああ」
突然言われて脳の処理が追い付かなかったということもある。だがそれ以上に、あまりにも態度が自然すぎて断るタイミングをつかめなかった。いや待てそれは俺の食料だ、という意識がやっと浮かんできたときには、もうそいつの指先にうすしお味のポテトチップスがつままれていた。
「うま、うま」
ぱりぽりと軽い音が響く。そいつはまったく遠慮するようなそぶりも見せず、次から次へとポテトチップスを口に放り込んでいく。
何とはなしにその様子を眺めていた俺は、ふと、どうして自分は子供が菓子を食べている様子をぼうっと見ているのだろうか、という、実に真っ当な疑問にぶちあたった。
ついでに、どうしてこいつはこんなところにいるのだろうか、と。
「なあ、お前――」
「ん? なんだ、おまえも食うか?」
「え? ああ、うん……まあ、もらうけど」
いや、そもそもそれは俺が買ってきたものだろう。
ではなく。
「なあ、お前さ」
「んー?」
指先に付いた塩と油を舐め取っている様子は、やっぱり小学校低学年かそこらのガキにしか見えない。それも、俺の幼い頃のような、食い意地の張った、お世辞にも育ちが良いとは言えないようなクソガキだ。
そんなやつが、どうして。
「なんで、ここにいるんだ?」
「んー? ……てつがくてきもんだい、ってやつ?」
「いや、そんな大層な話じゃなくて」
「ボクは座敷童だから。ここの座敷童だから、ここにいるんだよ」
そいつはそう言って、また何が楽しいのか、ケタケタと笑うのだった。
「ありがとう。おいしかったよ。じゃあね。……おやすみ」
最後は一方的にそう言い残し、俺が瞬き一つする間に、影の一つも残さず忽然と消えてしまった。
「……は?」
何の変哲もない、普段通りの俺の部屋。他者の影などあるはずもない。
ローテーブルの上のポテトチップスの袋だって、手に取ってみれば、中身はちっとも減っちゃいなかった。
俺もついに頭がおかしくなったのだろうか。
「……なんだったんだ、あいつ」
あるいは、白昼夢でも見ていたのだろうか。ひとまず落ち着くためにと、ポテトチップスを一枚つまんだ。
しかし。
「……は?」
うすしお味のはずが、口の中でぱりぱりと音を立てる油の塊からは、まったく味を感じなかった。
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