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 それから、そいつは気まぐれに、日に何度か姿を現すようになった。 「それ、うまいのか?」  たとえば俺が、さして興味があるわけでもないゲーム実況動画を眺めながら、コンソメ味のポテトチップスを食べていたとき。自分以外には誰もいないはずの部屋の中に、突然座敷童の声が響く。  そして、横合いからにゅっと伸びてくる、小さなこどもの手。 「ああ、うまいぞ。……食うか?」  まだ中身がほとんど減っていない袋を渡してやると、そいつはぱあっと表情を輝かせた。  素直に笑うやつだった。この笑顔に(ほだ)されて、ついつい菓子を分け与えてしまう。 「んー、んま!」  しゃくしゃくぱりぱりとポテトチップスを堪能する座敷童は、ほっぺたをいっぱいに持ち上げて笑っている。 「うすしおよりもいいな!」 「そうか」  俺自身も、うすしお味とコンソメ味の二択なら、後者の方が好きだったりする。しかし、こんなに気に入ったのなら。 「それじゃあ、こっちは俺が食うかな」  一緒に買っていたもう一袋。同じサイズのうすしお味の口を開けたのだが、そこで座敷童が言った。 「うすしおがいらないとは言ってない」  ぺろりと口のまわりを舐める座敷童は、獲物を狙う猟師の目でじっと俺の手元を見つめていた。 「言ってない」 「そうだな。それじゃ、交換だ」  中身に手を付けていないうすしお味と、座敷童がさんざん食べた後のコンソメ味を交換した。しかし不思議なことに、どちらも重さはほとんど変わらない。  だが、コンソメ味を一枚つまんで口に放り込んでみると。 「……むぅ」  コンソメどころか、なんの味もしなかった。 「うまうま」 「……やっぱりお前、味だけ食ってるのか?」  ちょっとだけ恨めしさを乗せた目線を投げてみたが、座敷童はどこ吹く風と言わんばかりにぱりぱりむしゃむしゃ。うすしお味を堪能している。 「座敷童だからね」  ふふん、とひとつ、得意げに笑った。 「座敷童ってのは、そういうものなのか」 「たぶんね。ボクもよく知らないんだけど――」  ぺろりと指先を舐めながら、座敷童は天井を見上げた。 「――食えないんだよ。食わないんじゃなくて」  その顔が、なんとなく寂しそうに見えた。だからって、気の利いた言葉を渡してやれるほど、俺は器用ではないのだが。 「そうか。それは……残念だな」 「んー? いや、腹いっぱいになることがないってのは、むしろ得だろう!」  たべほうだいだ! と、座敷童が笑う。 「そうか」  それでも、やっぱり残念だと思った。  味だけ食べる、というのは……逆に、どうにも味気ないような気がしてしまう。俺の勝手な想像だが。  満腹感とか、満足感とか、とにかく満たされた感覚というのも、重要な味覚の一部なのではないだろうか。  それに。 「そのせいで俺が味のしない油の塊を食べることになるってのは、どうも納得がいかねぇんだよなぁ……」  これが一番つらかった。 「あきらめてくれ!」  しかし結局、あっけらかんと笑う座敷童に、俺は何も言えないのだった。
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