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三
それから、そいつは気まぐれに、日に何度か姿を現すようになった。
「それ、うまいのか?」
たとえば俺が、さして興味があるわけでもないゲーム実況動画を眺めながら、コンソメ味のポテトチップスを食べていたとき。自分以外には誰もいないはずの部屋の中に、突然座敷童の声が響く。
そして、横合いからにゅっと伸びてくる、小さなこどもの手。
「ああ、うまいぞ。……食うか?」
まだ中身がほとんど減っていない袋を渡してやると、そいつはぱあっと表情を輝かせた。
素直に笑うやつだった。この笑顔に絆されて、ついつい菓子を分け与えてしまう。
「んー、んま!」
しゃくしゃくぱりぱりとポテトチップスを堪能する座敷童は、ほっぺたをいっぱいに持ち上げて笑っている。
「うすしおよりもいいな!」
「そうか」
俺自身も、うすしお味とコンソメ味の二択なら、後者の方が好きだったりする。しかし、こんなに気に入ったのなら。
「それじゃあ、こっちは俺が食うかな」
一緒に買っていたもう一袋。同じサイズのうすしお味の口を開けたのだが、そこで座敷童が言った。
「うすしおがいらないとは言ってない」
ぺろりと口のまわりを舐める座敷童は、獲物を狙う猟師の目でじっと俺の手元を見つめていた。
「言ってない」
「そうだな。それじゃ、交換だ」
中身に手を付けていないうすしお味と、座敷童がさんざん食べた後のコンソメ味を交換した。しかし不思議なことに、どちらも重さはほとんど変わらない。
だが、コンソメ味を一枚つまんで口に放り込んでみると。
「……むぅ」
コンソメどころか、なんの味もしなかった。
「うまうま」
「……やっぱりお前、味だけ食ってるのか?」
ちょっとだけ恨めしさを乗せた目線を投げてみたが、座敷童はどこ吹く風と言わんばかりにぱりぱりむしゃむしゃ。うすしお味を堪能している。
「座敷童だからね」
ふふん、とひとつ、得意げに笑った。
「座敷童ってのは、そういうものなのか」
「たぶんね。ボクもよく知らないんだけど――」
ぺろりと指先を舐めながら、座敷童は天井を見上げた。
「――食えないんだよ。食わないんじゃなくて」
その顔が、なんとなく寂しそうに見えた。だからって、気の利いた言葉を渡してやれるほど、俺は器用ではないのだが。
「そうか。それは……残念だな」
「んー? いや、腹いっぱいになることがないってのは、むしろ得だろう!」
たべほうだいだ! と、座敷童が笑う。
「そうか」
それでも、やっぱり残念だと思った。
味だけ食べる、というのは……逆に、どうにも味気ないような気がしてしまう。俺の勝手な想像だが。
満腹感とか、満足感とか、とにかく満たされた感覚というのも、重要な味覚の一部なのではないだろうか。
それに。
「そのせいで俺が味のしない油の塊を食べることになるってのは、どうも納得がいかねぇんだよなぁ……」
これが一番つらかった。
「あきらめてくれ!」
しかし結局、あっけらかんと笑う座敷童に、俺は何も言えないのだった。
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