3人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうしたんです?売りに行ったんじゃ?」先程出ていったときと同じ格好をしている泥棒に番人が尋ねる。
「行った」
「でも、さっきのままですよね?」
「さっきのまま」
「なんで?」
「売れなかった」そう言って、背負った本をドサッと下ろした泥棒は、肩と首を回した。
その表情には、苛立ちが見て取れる。
「……すいません、私が数打てば当たるって行ったから持って行って貰ったのに……」と、結局は無駄足になった泥棒に、番人は申し訳なさそうに謝る。
「いや、それに関しては別に怒ってない」気にしていない様子でそう言った泥棒に、思わず安堵の息が漏れた門番。
「え、じゃあ何に怒ってるんです?」
「質屋だよ。なんだ、価値がないものは買い取りできませんって」そう言って、泥棒はバッと立ち上がり、本棚の周りをグルグルと回り出した。そして、「この記憶が価値がないなんてことはないだろ!」と、数十分ほど前までとは真逆のことを言っている。
しかし、彼もまた番人と同じように、くだらない記憶の価値に気付いたのであろう。
「ということで、引き受けておいてなんだけど、これ、全部返す」そう申し訳なさそうに言う、同じ顔に番人は、「私も、この思い出に価値がないとは思えないです。なので、戻ってきて正直、ホッとしてます」と微笑んだ。
その顔を見て、相手もまた自分の同じ気持ちであることを理解した泥棒は、「そうか」と言って帰ろうとする。
その歩みを番人制した。
「何だよ……ちゃんと返したんだから、泥棒じゃないぞ」
「これ、出したんだから、一緒に片付けてください」
同じ一重の眠たそうな目が、仕方なさそうに細められた。
「あ、“失敗した赤いニット帽”だ」
「それ、その列の右から三番目です」
「そうだ、この後から、服関係は全部黒になったんだよな」
「もう、読んでないで早く片付けてくださいよ。まだ半分も戻せてませんよ」
「はいはい、でも、それにしてもくだらないなあ」
「くだらないですねえ」
そう言い合いながら、笑うふたりの脳内こびとのさらに脳内では、新しい本がまた一冊図書館に入るだろう。
題名は“価値のあるくだらない記憶”。
最初のコメントを投稿しよう!