価値のあるくだらない記憶

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 本棚の方に目を向けた番人は、その本一冊一冊を見ながら、「それにしても、よく見たらこれ、ほとんどくだらない記憶だな~」と感心している。 「ああ、そうだな、これとかすごいな」 泥棒が手に取ったのは、“前歯:ぞうきん掛けレース編”と書かれた本。 「ああ、それは、小一の掃除の時間に、ふざけてやったぞうきん掛けレースで止まれなくなって壁に激突して前歯折ったって内容の記憶」 「くだらな!」 「ちなみに、前歯折った話はあと、三個あるから」  そう言って番人が指さした棚には、“跳び箱踏切失敗編”と“無理矢理桃缶の蓋開けようとした編”の文字。 「くだらな!」と言う二人の声が重なり、ゲラゲラと笑う声が、普段シンと静まり返っている図書館に響く。  段々と面白くなってきた二人は、次々と本を出しては題名を読み始めた。 「“自動販売機でお茶を買ったら、当たりが出てもう一本買えるってなった時に、焦りすぎて同じお茶をもう一本買った”」 「ああ、それは、自動販売機でお茶を買ったら、当たりが出てもう一本買えるってなった時に、焦りすぎて同じお茶をもう一本買ったって言う内容」 「でしょうね」  題名が内容の九割を占めているものが殆どだった。  授業中に教室の端っこから見える一番前の席の奴が盛大に舟を漕ぐ姿、有名人の意外な本名リスト、メガネを掛けたニワトリの子どもが”恋のマイアヒ“で踊っている観ていない映画のコマーシャル……  ひとしきり楽しんだ二人は、再び落ち着く。 「このくだらないものを力尽くで盗もうとしていたのがくだらないよ、俺は帰る」そう言って、持っていた”ラーメン屋の記憶”を番人に手渡し、門の方に歩みを進める。  その前に険しい顔の番人が立ちはだかった。 「……何だよ、泥棒だって言って捕まえようとしてんのか?俺はなんも取ってないぞ?」泥棒未遂の脳内こびとは、あからさまに困惑の表情を浮かべた。 「取れよ」 「は?」 「こんなのあっても悲しくなるだ!好きなだけ持ってけよ!」 「なんだそれ」  番人は、泥棒に言われ、自分が守っていたもののくだらなさに悲しくなったのだ。  くだらない、守る価値のないものなら、持って行って構わない。 「いや、おれも、そこまで欲しくない。価値なさそうだしいらないわ」  そう言って帰ろうとする泥棒の前に、再びぐいと番人が立ちはだかり、ラーメン屋の記憶を押しつける。 「なんだよ」 「持って行ってよ。頼むよ、引き取ってくれよ」そう言って泥棒の肩を揺さぶり、本を持たせようと必死な番人。なかなか折れない泥棒に、「価値のあるものも、ひとつやふたつあるかも知れない」「数打てば当たる」と番人らしからぬ発言を繰り返した。  そのあまりのしつこさと圧に押された黒ずくめの同じ顔は、「……わかったよ。持って行くよ!」と遂に首を縦に振った。
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