価値のあるくだらない記憶

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「はあ、このぐらいでいいだろ」 「感謝します」  なんだかんだ言いつつも、そこそこの数の本を積んだ泥棒は、その背負った記憶の重さによろめきながら図書館を後にした。この後、質屋に直行するらしい。    ひとりになった番人は、本棚を眺める。  いつもはぎっしりと詰まっている本棚は、今や隙間だらけ。  司書である海馬さんに何と言い訳するかは、また後日考えることにする。 「あ~あそこに“道に落ちてたネギ”の記憶、あったなあ」  毎日のように見ていた本棚の中身は、嫌でも覚えている。  右の端の空白には、失敗した赤いニット帽の記憶。その下の段には、風呂場で思いついた“帰省中の寄生虫”のイメージ画像の記憶と、恥ずかしくなって消したポエムの鮮明な記憶。あっちには、一時期流行った演歌の歌詞(サビだけ)があったと次々と思い出してきたのは、ほとんどが相も変わらずくだらないもの。  番人はなぜかそれを一つ一つはっきりと覚えていた。 「なんか……さみしいなあ」思わず、そう口に出していた。  記憶などそのほとんどがくだらないもの。  しかし、そのくだらなさは、なくてはならない。なくなるとこんなにもさみしいものなのだと、番人は思った。 「……まだ間に合うかな」  くるりと本棚に背を向け、質屋へ向かおうとした番人。  その目の前には、息を切らした泥棒が立ちはだかっていた。
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