価値のあるくだらない記憶

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「どうしたんです?売りに行ったんじゃ?」先程出ていったときと同じ格好をしている泥棒に番人が尋ねる。 「行った」 「でも、さっきのままですよね?」 「さっきのまま」 「なんで?」 「売れなかった」そう言って、背負った本をドサッと下ろした泥棒は、肩と首を回した。  その表情には、苛立ちが見て取れる。 「……すいません、私が数打てば当たるって行ったから持って行って貰ったのに……」と、結局は無駄足になった泥棒に、番人は申し訳なさそうに謝る。 「いや、それに関しては別に怒ってない」気にしていない様子でそう言った泥棒に、思わず安堵の息が漏れた門番。 「え、じゃあ何に怒ってるんです?」 「質屋だよ。なんだ、価値がないものは買い取りできませんって」そう言って、泥棒はバッと立ち上がり、本棚の周りをグルグルと回り出した。そして、「この記憶が価値がないなんてことはないだろ!」と、数十分ほど前までとは真逆のことを言っている。  しかし、彼もまた番人と同じように、くだらない記憶の価値に気付いたのであろう。 「ということで、引き受けておいてなんだけど、これ、全部返す」そう申し訳なさそうに言う、同じ顔に番人は、「私も、この思い出に価値がないとは思えないです。なので、戻ってきて正直、ホッとしてます」と微笑んだ。  その顔を見て、相手もまた自分の同じ気持ちであることを理解した泥棒は、「そうか」と言って帰ろうとする。  その歩みを番人制した。 「何だよ……ちゃんと返したんだから、泥棒じゃないぞ」 「これ、出したんだから、一緒に片付けてください」  同じ一重の眠たそうな目が、仕方なさそうに細められた。 「あ、“失敗した赤いニット帽”だ」 「それ、その列の右から三番目です」 「そうだ、この後から、服関係は全部黒になったんだよな」 「もう、読んでないで早く片付けてくださいよ。まだ半分も戻せてませんよ」 「はいはい、でも、それにしてもくだらないなあ」 「くだらないですねえ」  そう言い合いながら、笑うふたりの脳内こびとのさらに脳内では、新しい本がまた一冊図書館に入るだろう。    題名は“価値のあるくだらない記憶”。
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