2章

6/14
前へ
/96ページ
次へ
トクン なんでだろう斎藤の顔から目が離せない 失敗作なのに、それでも美味しいって言ってくれたことに対して感謝の言葉を言わなくちゃ とか 美味しい物を食べさせるなんて自信満々で招待しておいて、コゲ過ぎ肉食べさせちゃってごめんなさい とか 色んな言わなければいけないと思う事だけは頭の中でグルグル回っているのに、言葉が出てこない。斎藤から目がそらせない。金縛りにあったような変な感覚だ。 「どうした。食べないのか?」 斎藤が ほら と肉をトングでつまんで祐介の顔の前に差し出しながら、面白そうに祐介の顔を見ている。そこではっと我に返り、 「食べます。ありがとうございます」 そう答えると、トングで差し出されていた肉を手に取り、大きく一口かぶりついた。 「うんまっ」 しょうゆベースに蜂蜜やニンニクでアクセントを付けたちょっと濃い目の下味は、しっかりと肉に染み込んでいて、想像以上に美味しかった。食べ進みながら色んな話をしているうちに、先ほどの感覚の原因も、きっと緊張し過ぎてた事が原因なんだろうと、自分の中で折り合いをつけた。 網や食器類を片づけ終わると、どちらからともなく簡易コンロの前に並んで座り、小枝の燃える様をぼんやり眺めていた。少し離れた場所でキャンプしている人達の声が時折聞こえてくるが、それ以外はパチパチという音が心地良く聞こえてくるだけだ。 「久しぶりにこんなに食べたよ。君のおかげで凄く楽しいご飯だった。ありがとう」 気付けば辺りはもうずいぶん暗くなってきている。きっとそろそろ帰ろうと思っているのだろう。今日は約束をしていたから来てくれただけで、本来何の接点もない斎藤と会うのは、これが最後かもしれない。そう思うと、ぞわぞわと心が騒ぐのを感じる。 「あのっ・・・。もう少し時間ありますか?せっかくだから星を見て行って下さい。寝ころんで川の音を聞きながら見るここからの星は、凄いんです。」 我ながら何を必死になっているんだろう。というか、星とか馬鹿過ぎるだろ。斎藤は天文物理学を専攻していて、ここには天文台のデータを取りに来ているのだ。そっちの方がはるかに高台で綺麗に見えるはず。やってしまった。何を僕は焦ってるんだろう。恥ずかし過ぎる…。自分の浅はかさを呪いつつ、斎藤の顔を直視できずに俯き加減でじっと火を見つめる。体育座りの膝を抱えた手の平は、無意識に握りこぶしに代わっていて、少しだけ震えている気がした。半ば諦めて返事を待っていると、少し考えた様子の斎藤が 「ちょっと待ってて」 と告げると、そのまま立ち上がって車の方へと歩いて行ってしまった。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加