2章

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「じゃぁいきますよ。動かないで下さいね」 斎藤の前に立った祐介が、首を斜め後ろに反らして斎藤を見上げながら言う。祐介との顔の近さに驚き、反射的に一歩後ろに足を引いてしまった斎藤を 「ダメです。じっとしてて下さい」 と祐介がピシっとたしなめた。いつもよりも早口で、きっぱりとした口調が何故だか可愛く思えて、少し口許が緩んでしまったが、祐介には幸い気付かれていない。緩みそうになる顔を引き締めながら、先ほどと同じように祐介の後ろにピッタリとくっつくように立つ。黒くて直線、剛毛な自分の髪と違って、少し明るくてゆるくウエーブがかかった柔らかめの祐介の髪の毛が、風になびいて斎藤のアゴに触れる。くすぐったいような、もどかしいような、少し嬉しいような・・・。触ってみたい。無意識に祐介の頭に手を伸ばしかけた時 「準備は良いですか?」 と祐介が振り向いた。伸ばしかけた手をとっさに祐介の肩に添えて、大丈夫 と告げると、今度は祐介の方が少し驚いていたが、すぐに笑って、 「じゃぁいきます。お願いします!」 と、前を向き直して撮影役の人に手を振った。 撮影役の人とアイコンタクトを取り、手に持った花火に火をつける。黄色っぽい色が噴き出して、一瞬静止した後、素早く大きな動作で上下左右に振り回し始めた。最初に構えていた場所で止まると、小さく よし と 呟いたように聞こえた。 「どうですか」 花火を持ったまま祐介が撮影者の方へ走って行くと 「いい感じだと思うよ。て…ちょっと花火危ないって」 と、撮影してくれたキャンパー達と笑い合っているのが見える。地面に花火をこすりつけて火を消してからスマホを受け取り、何やらじっと画面を確認した後、 「完璧です!ありがとうございました!」 とブンっと頭を下げてお礼を言うと、彼らはニコニコと手を振りながら戻って行った。 辺りの暗さであまり表情が見えないにも関わらず、気配から祐介のウキウキ加減が伝わってくる。その様子をじっと静観して待っていると、満足そうにニコニコしながら祐介が戻ってきて、 「すぐに見せたい気持ちもあるんですけど、でも、せっかくなら落ち着いて見て欲しいような…。うん。とりあえず、締めの線香花火しちゃいましょうか」 そう言ってスマホをポケットにしまうと、いそいそと線香花火に火をつけ始めた。
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