2章

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ホッとすると、今度は自分の身なりが気になりだした。斎藤はもうすっかり整えている。おもむろに、自分も顔を洗いに行こうと鞄を漁った。 ブーッブーッ くぐもった音で鳴っていたバイブ音が徐々にはっきり聞こえだす。どうやら斎藤のスマホらしい。ポケットから無造作に取り出した後、少しだけため息をついてからタップしているのが見えた。祐介も顔を洗いに行くのをやめて、少しだけ聞き耳を立てる。 「はい。…あぁ、それならリオが確認してるはずです。自分もこれからそっちに向かいます。…はい、では失礼します」 少し固い声だ。そういえば、最初に声をかけられた時も、こんな声だったかもいしれない。そう考えると、自分とは少し打ち解けてくれている気がして、嬉しく思えた。 「そろそろ行くよ。楽しかった。ありがとう」 固い表情のまま通話を終えた斎藤が、おもむろに荷物を手に立ち上がる。さっきまでの打ち解けた空気が一瞬にしてまたよそよそしく戻ってしまった感じがした。仲良くなれたと思ったのは、僕の気のせいか…。 友達でもないし、接点もない自分が、斎藤と一緒に居られる時間も、もう終わる。 そう自覚したとたん、寂しさと後悔が押し寄せてきた。 なんで昨日寝てしまったんだろう。 なんでもっと早く起きなかったんだろう。 もう次は無いのに。 そんな事を思っている間も、斎藤は黙々と自分の車へと向かって歩いている。仕方なく、祐介もトボトボと斎藤の後ろを付いて行った。 運転席のドアに手をかけた斎藤が、おもむろに祐介の方へ振り向き、 「じゃあ受験勉強頑張って。応援してるよ」 と声をかけてくれる。逆光で斎藤の表情はよく分からないが、声色は柔らかいままだ。その柔らかい声や、優しく撫でてくれる自分より大きな手、徐々に見せてくれていった色んな斎藤の表情が、頭の中で暴走する。それとともに意味の分からない焦燥感がますます押し寄せてくるのを感じた。 気が付けば、斎藤は既に車に向き直し、ドアに手をかけている。 「あのっヤバいんです」 斎藤のドアを掴んでいる方とは反対の腕を握って祐介が言うと、斎藤は少し驚いた様子で、祐介の方へ向き直した。 「あのっ…その…。そう、英語と数学がヤバいんです。斎藤さん助けてくれるってこの前言ってましたよね。助けて下さい。」 斎藤の顔を見る勇気が無くて、下を向いたままお願いする祐介に 「そんなに?」 と少し意外そうな返事が返ってくる。 「…はい。そんなにです」 嘘だ。そもそも受験する先も高望みなどしていないのだから、判定もAとBを行ったりきたりで、特に困ってなどいない。それに、最悪どうしてもその学校じゃないとダメなんて事もない。第一、本当にヤバかったらキャンプなんて来てる余裕は流石に無い。でも、今斎藤と縁をつなぎ留める方法は、これしか思いつかなかった。なんとかなれ と祈る思いで斎藤の言葉を待っていると 「良いよ。俺の空いてる時間を後で連絡する。君が都合の良い時間を選んでくれ。勉強を見よう。場所は君の家で良い?」 祐介は、気軽な様子で答える斎藤の様子にいたく驚いた様子で、それまで俯いていた顔を勢いよく上げた。そのままフリーズしたかのように間があったが、 「いやいや、そんなとんでもない!僕が行きます」 と、鼻息荒く返事を返した。それを聞いた斎藤は、フッと笑い 「自転車で?そんな暇があるなら勉強しなさい。後で予定と住所送って。じゃぁ、ごめん。時間が無いからもう行くよ。また」 そう言って最後にもう一度祐介の頭を撫でると、今度は本当にドアを開け、行ってしまった。
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