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男の名前は 斎藤 利一と言い、車のナンバーから近隣の人では無い事が分かっていたが、車の中での会話から、この辺りに来るのも初めてで、キャンプ場どころか、この辺りの事をほとんど知らないという事が分かった。そして、この先の山の上にある大学が所有する天体物理観測所へゼミの手伝いで来ており、これからも何回か大学と行き来をすることになる予定だという事、落ち着いて見えたので、もう社会人だと思っていたが、誰もが知る有名国立大学の学生で、しかもまだ3年生だという事が分かった。キャンプ場までの20分程の間、知らない人と2人きり、おまけに相手は不愛想。助かったけど苦痛な空間になるんじゃないかと少し心配していた祐介だが、こちらからの問いかけには答えてくれるし、過度に抑揚のない話し方と、低めの声質が、突然のトラブルで高ぶっていた感情を落ち着かせてくれて、逆に心地良く思えてきた。3歳しか違わないのに、こんなに落ち着いてるなんて、やっぱり頭の良い人は違うんだな。と感心していると、目的地であるキャンプ場を示す看板が見えてきた。
「あ、あそこです。入り口で下ろして下さったら大丈夫なので」
と言った祐介の言葉を無視するように、そのまま車は駐車場へ入っていった。
「あの。。。」
戸惑いながら声をかけると
「あぁ。実はキャンプ場なんて初めてで、少し興味がある。良い機会だから見て行っても良いか」
真っすぐ祐介の方を見て問いかけてきた。その顔が、少しだけはにかんで見えたのが嬉しくて
「是非。景色もキレイだし、僕で良かったら案内しますよ。あ、テント立てたりするのも見てみますか」
と、少し身を乗り出して誘った。その勢いに少し驚いたのか、斎藤は目を少し見開いていたが、
「ありがとう」
と微かに目じりをさげて答えると、シートベルトを外して車から降りていった。
あ、笑った。
普通の人なら笑ったうちに入らないであろう表情の変化だったが、出会って30分位の間で初めて見る表情に嬉しさが沸き上がってきた。自分で降ろすという祐介を制して斎藤はサッサと自転車を車から降ろしてしまうと、もの珍しい物を見るかのように辺りを見回し始める。
いつもはもう少し遅く到着するのだが、斎藤に乗せてもらったおかげで結果としていつもより少し早く到着できたので、設営にも余裕がある。テントを立てる場所に荷物を置き
「少し散歩してみますか」
と声をかけてみると、黙ったまま斎藤は頷き、祐介の横に並んで歩きだした。こうして横に並んで歩いてみると、祐介の頭が肩ぐらいにある身長で細身のス体つき、色の白さに黒縁眼鏡の似合うスッキリとした顔立ち。そしておよそキャンプ場には似つかわしくない革靴とアイロンのかかったシャツに薄手のカーデガンにチノパンという斎藤と、まだ夏前なのに、既に少し日に焼けた肌とラフなパーカーにジーンズにスニーカーの祐介。あまりにも違う二人が一緒に歩いているという事が可笑しくなってフフっと笑うと不思議そうな顔で斎藤が視線を落としてきた。
「いや、なんか斎藤さんみたいな人とここにいるのが新鮮だなと思って。あ、これ以上はその靴じゃ滑って危ないし、そろそろ戻ってテントでも張りますか」
斎藤は ただ あぁ と一言頷き、黙って向きを変えた。
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