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私は、彼に国家命令として、留学を申し付けた。
行先は独逸。言わずと知れた西洋音楽の聖地でら音楽を嗜むものならば、是非とも行きたいと願う国だが…
「全く、ふざけた奴ですよ」
命令書を手交するため、彼に直接会いに行った部下達はぷりぷりしながら戻ってきた。
報告によると、受け取った時、彼は喜ぶどころか表情を曇らせ、こう言ったという。
「体調があまり優れないもので…
できれば見送らせていただきたいのですが」
当然、そんなことは許されないと辞令書を押し付けてはきたものの、
「国家予算を使ってまで勉強させてやろうと言うのに…まったくやる気というものが、感じられません」
鼻息も荒く、部下達は憤っていた。
「まあまあ諸君、落ち着きたまえ」
そう言って彼らを宥めたものの、私は内心、さもありなん、とほくそ笑んでいた。
この頃、作曲家として、脂が乗った時期を迎えていた彼。
留学してしまえば、その間は日本で曲を発表できなくなるから、その間に国民から忘れられてしまう怖さは十分にあるはずだ。
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