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加えて。
実はその頃、独逸では、肺結核が流行していた。見るからに虚弱そうで、身体が丈夫ではないと言っていた彼ならば、返事を渋ることは十分予想できたことだった。
その後も彼は留学を渋り続け、交渉は難航した。
しかし、さしもの彼も、いつまでも国家命令に背くわけには行かない。
音楽学校も、我が文部省との関係を悪くするわけにはいかないから、何故行かないのかと、彼を責める。
そんなわけで、辞令交付から一年後、ようやく彼は留学先を目指し、横浜港を出航して行ったのだった。
やっとだ。
ようやく私は、権力で彼の首根っこを押さえつけ、命令を聞かせることが出来た。
こんなに嬉しいことはない。
我が文部省の目の上の瘤がぽろりと取れた上に、少しの意地悪で、個人的な恨みも晴らし、己の溜飲を下げることができたのだから。
気分は正に上々だった。
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