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つまり、こういうことだ。
彼の書いた曲は、市井に溶け込み浸透し、少しずつ編曲されていきながらも、歌い続けられていたのだ。
瞬間、すっかり中に閉じ込めていたと思っていた罪悪感がぶわっと膨れ上がり、竜巻のように猛烈に心の中を吹き荒れた。
ああ、私はとんでもない過ちを犯してしまった。
岡野くんの言った通り、彼はやはり、百年に一度の天才だった。
私は、その稀有な存在を、日本の音楽の発展に欠かせぬ人材を、つまらぬ嫉妬で失わせてしまったのだ!
「父様、どうされました?父様」
私は、いつのまにか縁側に手をついて号泣していたらしかった。
気がつけば、一郎と妻が傍にいて、私の背中をさすったりして、気を遣っている。
ふたりに大丈夫だと言い、何とか立ち上がった私は、一郎の歌っていた曲を、すぐさま譜面に書き起こした。
その後も私は、ほかのいくつかの曲を「雪」同じように探して書き起こし、「作者不詳」として、小学生の音楽の教科書に掲載した。
当時の私は、文部省でそれぐらいの権力を持っていた。
そう。
彼自身と楽譜が失われていようと、彼の芸術は死なない。
彼は、彼自身の歌の中でなお生き続ける。
それは私の、志半ばで逝った彼への、せめてもの贖罪———
私は、満足だった。
私の魂は、ようやく救済された……
かに思えた。
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