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借りた教科書を手に隣の教室を覗き込んだら物の見事にカラッポ。なるほど、だからミツに返しておけって言ったわけか。
前のドアから時間割りを覗き込めば移動教室のようだった。
「なんや圭居らんのか」
さっきのアレは流石にまずかろうとついてきたミツが肩透かしを食らったなってカラカラと笑った。
こっちとしては大助かりだったから礼のひとつも言いたいところなのに、ミツはさっきの幸村の顔がツボにはまったらしくて笑いが収まらないらしい。これじゃ幸村が居たら怒りに燃料を投下するようなものだっただろうな。
「イジんの止めといたれ」
「え?なんでぇ?」
「いや、なんとなく……」
「そんなん言うてもやったんお前やぞ」
「まぁそうやけどな」
あっけらかんと言うな。
幸村は恐らくはミツに対して格好を付けたいんだと思うから、さっきの俺の言葉は本当に酷いものだったと反省してる。
公衆の面前で恥をかかされたようなもんだし、恩を仇で返したようなもんだ。
俺が幸村の立場だったら絶対に許さない。
「しくじったな」
「あ?何が?」
「幸村。あれ、俺の事苦手やろ」
「苦手違うと思うけどな」
「好きでは無いやろ」
「あー……それはそうやろうけど、千春だけやなくて世の中の人間ほぼ苦手やからなぁ」
「あん?」
思わず振り返ったら苦笑いを浮かべて教室へ戻ってしまう。
次の時間はまた板書の時間。
睡魔と戦いながら幸村の噂を思い出す。
あんまり他人に興味が無いもんだから聞いたところで右から左へと流れていってしまうんだけども、それでも幸村の噂っていうのはそれはもうかなりの勢いで耳にしたからな。
どこぞのお偉いさんの隠し子とか、愛人の子とかそういうどちらかといったら翳のある設定ばかりで、周りがいかに面白がっているのかが分かる。
ただ、学校の関係者や一部の大人が幸村に気を使っているのは事実らしい。それだって別に特権的な何かを享受している訳でもないらしいが。
多分、学年一位を入学時から続けていて、スポーツも出来て、背も高くて顔もいいときたもんだからやっかみもあるんだろうな。
幸村は口が重いから良く言えばミステリアスだけれど、悪く言うなら取っ付き難い人物だ。暇つぶしの噂の対象としては申し分ないんだろう。
かくいう俺も夏の一件やさっきのやりとりで幸村が意外にも親切な心を有している事を認識したわけだし、ミツが転入してくるまでは興味すらなかった。
さっき、俺を睨みつけた顔。
あの顔こそが飾らない本当の幸村の顔なのかもしれない。
いつもツンとすましているけれど、心の中はもしかしたら全然違っているのかもしれないと思ったらアイツの視界に入ってみたくなってきた。
「はぁ?」
幸村と話がしてみたいとミツに話してみたらつるんでる奴等は仲良く揃って首を傾げた。
そらまぁそうやな。
女とお近付きになりたいっていうなら分かるだろうけども、相手が幸村じゃなぁ。百歩譲ってもなんで?ってなるよな。
高校生にもなって友達百人目指してますって奴でも無い限り自分からわざわざ友達になりに行く奴なんか中々居ないだろうし、居たとしても相手の方が警戒するだろう。
「おー。友達になったってくれ。圭はあの通りやから友達おらんねんな」
「あの通りて」
「悪気無いけどな。どうしてもあんな感じんなるから友達って居らんねん」
思わず顔を見合わせた。
あんな感じって、お前自覚あんなら治させろや。
幸村なら少しばかり笑顔を振りまいてやれば顔面凶器でイチコロやろ。
「けどなぁ」
「なぁ」
ん?
何か反応悪いな?
女子はまだしも男子にはハードル高いか?
「幸村は無いっしょ」
「なんかなぁ?」
「千春はええかも知らんけど、俺等はなぁ?」
「俺ならええって、お前等なぁ。幸村普通にええ奴やぞ」
また顔を見合わせる。
きっかけが無いと難しいのはわかるけど、なんとなく面白く無い。遠巻きにされたらやっぱり本人だって嫌だろうし、なんとなく距離を置くだろう。
今にして思えばこの時の俺はどうにかしていた。
別に幸村と絡まなきゃならいけない事もなかったのに、貫いていた事勿れ主義を返上してしまったわけだ。
それがミツによく思われたいからっていう理由なら自分で理解も出来た。
でも、俺は幸村とただ単に話がしてみたいから幸村に付きまとう事になる。
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