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RUN
結局のところ、高校っていうのは何もしなければ何となくで三年間が過ぎてしまうわけだ。
圭ともミツともなんとなく一緒に過ごしつつもバイトとバンドと道場に忙しい俺は、他の奴らのような塾通いもせずにせっせと楽しい青春とやらに従事した。
勉強ばっかりしてたんじゃ折角の若い時に勿体無いやろ。
親からは当然お小言を言われるわけだけど、学年順位で二桁前半に入っていれば文句を言われる筋合いは無いと思う。特進クラスの奴等と張り合う気も無いし……って、特進クラスの圭は当たり前に格闘技と道場とバイトをやってるから塾が全てじゃないわな。ミツも圭と同じような生活サイクルだけど特進の奴らに混ざってしれっと上位に居座っているしな。
あの兄弟は頭の出来が違うって言う奴もいるけど、それは単純に見せない努力の差だろうな。
ミツは人付き合いは決して悪くないし、話しかければそれはそれは楽しそうに話に乗ってくるから気が付きにくいけど、実は何の理由も無く自分から話しかけてくることは稀だ。そんな時間があったら教科書や参考書を開いている。
そんなふたりに感化された俺は、こっそりと時間を見つけては独学で片っ端から頭に詰め込んでモグモグと知識を咀嚼する日々だ。
ほら、勝てる戦いに負けるのって悔しいやろ?
三年の夏休みなんか進学校でなくとも高校生なら誰しも追い込み時で、夏期講習だなんだと周りは忙しない。
俺が出入りしている軽音部も三年はさっさと引退してしまったし、ライブハウスも高校生のバンドは姿を消してしまった。
昨今の高校生はまずは学歴だから仕方がないネ。っていうのが店長の意見。俺も同じ高校三年生なんだけどなー……っていうのは頭の中で呟くに留めておく。
「あんたほんまに塾行かんでええの?」
夏休みは夜のバイトが多いから朝は遅くて、昼近くに起きてきた俺に母親が飽きもせずに同じ言葉を投げて寄こした。
そりゃあまぁ、腹をボリボリ掻きながら大あくびをかまして階段を降りてきた息子を見たら反射的に小言のひとつも言いたくなるんだろう。
わかる。
見るからにだらしないもんな。
「要らん。つか、夏希どうした?」
「今日も塾よ」
出来の良い弟は親の言うことをきちんと聞いて塾へ通っているらしい。
本人はバイトとかそういう高校生っぽい事をやりたいらしいけれど、親の良い大学に入って欲しいって無言の圧力に屈してぶつくさ文句を言っていたな。
あいつはお調子者ではあるけれどそれ以上に人がいいところがあるから誰かの期待を裏切るってことが苦手だからな。
「ふーん。そら大変やな」
「大変てあんたの方でしょ。あんたもう高校卒業するのに進路なんも決めてないじゃないの」
「俺?俺かー」
「大学通わせてあげるからどこ狙うのかくらいはっきりさしときなさい」
「そんなんどこでもええけどなぁ」
「どこでもてまたそんなん言うて……」
「やる気出せば東大入れるで、東大」
「あほ」
バッサリいかれた。
けど、俺だって頑張ればそれっくらい出来ると思うけどなぁ。東大がどれほどのもんかは知らないけどな。
そういや圭の目指してるのは東大だったな。
いつだったかミツが零してた。
連れて行ってもらえるなら何がなんでも受からないといけないとかなんとか。
あの圭がミツを置いてどっか行くとは思えないからアイツらとの付き合いもあともう少しってとこか。
そらなんか寂しいな。
で、俺はとんでもないものを見落としてしまっていた。
親はまぁこんな感じだから気づくはずもなくて、俺が気が付かなきゃいけなかった。
だって、圭ならこんなの気が付いただろう。
もしミツの様子がおかしければ秒で気が付く。
俺にはそれが出来なかった。
塾に居るはずの夏希が、駅前でバイトへ向かう俺の目の前を横切って行った。
ふらふらとした足取りで、目線はゆらゆらと左右へ揺れてどこか焦点があっていない。具合でも悪いのかと追いかけてみたけれどそんな足取りのくせにやたら歩調が速くて、バイトの時間が迫っていた俺はそのまま夏希を追うのを諦めた。
その夜、家に警察から電話が掛かってきて夏希は帰ってこなかった。
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