RUN

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 バイトをしながら、さっきの夏希の姿が頭を回る。  お調子者とかひょうきんとかそういう感じに周りは言ったし、本人もそういうキャラクターを気に入っていたとは思う。  俺には分からない感性だけど、他人の求める姿を演じることが夏希にとっては生きやすかったんだろう。  だからこそさっき見た夏希は俺の知ってる夏希とは何かが違った気がした。具体的にどこら辺が?と問われればまるで分からないから、ただ漠然としたモヤモヤが胸の辺りに蟠って気持ちが悪いというか据わりが悪い。  思い返してみれば、高校へ上がったくらいから夏希の様子はおかしかったように思う。  俺と同じ学校を狙っていたけれど、中学三年の二学期終盤になって急に成績がガクンと落ちたらしい。 「兄ちゃん。俺高校落ちるかもしれへん」 「どっか入りたいとこあるのか?」 「うん。兄ちゃんと同じとこ」 「俺んとこ?ああ、家から近いから楽やしな」 「え……あ、そうやろ?やっぱ近いと楽やんな」 「楽やけど一応進学校やから周り勉強一色になるぞ。お前周りに合わせるタイプやからキツくなるかもしれんぞ」 「そんなんやってみなわからへんやろ!」 「ま、それもそうやな」  こんな話をしたから何となく覚えてるわ。  なんかって思ったから頭の片隅に引っかかった。  今にして思えば成績が落ちたのは焦りやストレスからだろうな。親からしたら近所では有名な進学校とはいっても、碌に勉強もしていない俺が入ったんだから夏希になら余裕とでも思ったようだ。その親の当たり前に受かるでしょう系の圧ってのは子供にはにはとてつもない圧力になる事を思い知るべきだと俺は思う。  いや、まぁ、親に悪気はなかったんだろうけどな。  初めての受験で、親からの当然受かるでしょって圧力でぺっちゃんこになった夏希は物の見事に桜を散らして滑り止めの私立へ進学した。  実力は十二分にあったんだ。  それを生かしきれなかったのは夏希の弱さなのかもしれないけれど、あの時夏希が発していたSOSを俺等家族は全員見逃した。  そして、夏休みを塾で勉強漬けで過ごした夏希は本来纏っていたのほほんとした空気を霧散させて、秋から冬へと季節を変える頃には変な感じの空笑いをするようになっていた。 「ねぇ兄貴、お兄ちゃんなんか変じゃない?」  俺を毛嫌いしている妹が聞いてくるくらいにはあからさまにおかしかった。 「一応聞いてはいるんやけどな……」 「兄貴に話さないんじゃ無理やんか」 「んー……様子がおかしいのは確かやけど、無理につついてもあかんやろ」 「もーしっかりしてぇ。兄貴にくらいしかお兄ちゃん悩みとか言わへんの知っとるやろ」 「そう言われてもな」  心底参ったなぁってのが率直な感想。  俺は弁が立つ方じゃないから、違和感が半端ない夏希に何かあったか訊ねても何も無いと言われて終了してしまっている。  それで、さっきのアレだ。  気にしながら家に帰れば、父親の車が無い。  この時間は流石にもう帰宅している頃だし、家の灯りが消えているのも気になる。まだ寝るには早い時間だ。  玄関のドアを開けて中に入れば家は真っ暗。 「帰ったぞー」  昭和の親父か!って夏希がツッコミ入れる言葉を吐いて家に入れば二階から足音が降りてくる。  随分と静かだから誰かと思えば妹だった。 「なんや居るなら電気くらい付け……」 「お兄ちゃん指名手配された」 「は?」  真っ暗な階段の中頃で壁に凭れるようにして妹が俺を見下ろしている。  何を言われたのかよく分からない。 「お兄ちゃん、詐欺の……なんやっけ?よく分からんけど、年寄り騙して金まきあげてたって。さっき警察から電話来て、今逃げてるって」 「は?逃げて……はぁ?」 「私もわけわかんないよ。お父さんとお母さん今警察行ってる。もしお兄ちゃんが帰ってきたら引き留めとけって言われてて。私そんなん出来へんし」 「待て待て待て。いっぺん整理させろ」  詐欺?  アイツ何やっとんねん。  そんなん出来るたまやないやろ。 「とにかく、捕まってはないんやな?」 「うん」 「したら、早よ見つけんと」 「けど……家空っぽにしたらあかんし、兄貴やないとお兄ちゃん説得出来へん」  俺に説得なんか出来ないと思うけどな。  高校に落ちてから夏希はどこか変わってしまったから。  恐らく、期待に応えられなかった事が堪えたんだろう。今までそういう意味での挫折は味わったことがなかったはずだ。  悪気も何も無く、俺の学力については舐めていたはずだ。  塾へ行けと言われてもギターばっかし弄ってたし、なんなら曲作りを勉強する方がよっぽど楽しかったからな。受験勉強は確かにしているようには見えなかっただろう。  俺の場合は学校で教師を捕まえて分からない所は分からなかったその日の内に潰して、確実に理解してしまっていたから家でガリガリ勉強したりしなかっただけだ。  理屈を理解出来ればどんな科目でもそこまで手こずったりはしない。 「俺に説得出来るかはわからんけど、探しに行けないんやったらとにかく帰りを待つしかないやろな」  俺だってただのガキだ。  何が出来るでもなく、妹と夜が開ける頃までふたりで居間で座っているくらいしか出来なかった。  明け方、家の黒電話が不吉な音を立てた。  夏希が見つかった。  それも首を吊った状態で。
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