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家の中はそりゃあすごい有様だった。
何が起きたのか理解出来ない。したくない。そう母親は半狂乱になってヒステリックに叫びまくるし、それを見た妹は泣きじゃくるし、父親は怒りで黙り込む。
俺は黙って夏希の部屋を漁ってみた。
今出来る事といったらそれくらいで、あの地獄みたいな居間には居たくなかった。
「…………クソ真面目か」
ノルマって単語は知っていてもそんなもんがのしかかってくるのはもっとずっと先の話だと思っていた。それが目の前の大学ノートにびっしり書き込まれている。
文字から察するに多分、最初の頃は金が手に入るのが楽しかったんだろうな。少しずつ文字が変化して、最後には楔形文字か?って有様になった。
「ほんま……あほ……」
日記みたいなもんはなくて、それでも部屋の痕跡を見れば何となくわかることもある。
多分、最初は小遣い稼ぎ位の感覚だったんだろう。
これは学校の友達とか部活の仲間辺りを調べたら芋ずる式に犯罪に関与した奴等が見つかるパターンだろうな。
運悪く夏希はこういう悪意に知識が無かったもんだからズブズブに沈んで抜け出せないと思い込んでしまったんだろう。
「一言、助けてくれって言えてたら」
助けられただろうか?
俺はどこまでいっても消極的な男でしかないのに。
弟のピンチに圭なら当然そうするように、俺も夏希へ手を差し伸べたとは断言出来ない。いや、この考えだ。これが、夏希を黙らせたものだ。
わかる。
夏希は俺には相談するだろうと親も妹も思い込んだ。
けれどそれは違った。
夏希は善人なんかじゃない。普通に普通の人間で、普通の高校一年生でしかなかった。
夏希が俺に悩みを話すのは、俺が夏希より劣っている時だけだ。その証拠に俺が有利になるフィールドでは夏希は絶対に俺に関わらない。親や妹がそうだと定義するように、俺は面白みに欠ける存在でなくてはならないんだから。
それはそういう風に育ったから仕方がない話で。
俺より優れている事が夏希の中でアンデンティティのようなものになっていたんだから、身の破滅が迫っているだなんて当然相談出来るはずがない。
見下された俺に夏希を助けたり、まして守るなんか出来るもんか。
「ダメな兄ちゃんやんな」
分かっていて、放置したようなもんだ。
学校は休めと親は言ったし、妹もそうするらしいけど俺は家に居るのがしんどくて何も無かった顔で学校へ行った。
葬儀屋に預かってもらっている夏希の遺体はただ眠っているようにしか見えなくって、明日が通夜だって言われてもしっくりこない。
だって、血色が悪いっていうか、白いだけで普通に起きて今にも喋り出しそうだし。
こんなの、耐えられるはずもない。
重だるい足を引き摺って入った教室はいつも通りで。
「おー、千春。おはようさん」
「おー……」
いつも通りにミツが笑いながら声を掛けてくる。
他の連中もいつも通りで、何一つ変わったところはなくて、そんなの当たり前で。
夏希の事は学校の方からは生徒には言わないと言われているし、俺が休めって言われても出てきたわけだから周りが普段通りなのは当然っちゃ当然。
それに対してなんとなく落ち着かないのはこっちの事情。
「なんか顔色悪ない?」
「寝不足や」
「寝不足……」
他の奴等はエロいことでもしてたんだろって笑うけれど、ミツだけは黙って俺の顔をじっとみつめてきた。やたら澄んでる双眸に見つめられると、言わなくていいことを言いそうになって視線を逸らす。
賢しいミツはそれだけで俺を見つめることを止めてくれて、話を変えてくれた。
「具合悪いんと違うならええわ」
「ああ」
「今日はお前当たる日やから頭回らんとあかんやろ」
「あー、そうやっけ。休みゃよかったな」
軽口を叩けるのは気が紛れてありがたい。
今日は当たる日。
何に当たるんだっけか。
まずいな、確かに頭は回ってない。
「ほれ、これな」
ノートを開いて見せてくれたのは今日の一限の英語だった。
いまいち身の入らない俺を英語の教師は珍しく不問とした。
いつもならば全体責任だなんだと課題を出されるところだけれど、夏希の件は教師ならば情報共有されているんだろう。
後で知ったことだけど、夏希が死んだのはもちろん、教師達にとって厄介なのは事件の方だったんだろう。
警察が介入してみれば案の定、学校の部活が詐欺グループの温床になっていたらしい。簡単に金を稼げるって触れ込みで上級生に誘われて、関わったが最後、自分の身代わりを差し出さない限りグループからは抜けられない仕組みらしかった。
高校生なんてまだガキだから、親に言えば済んだものを我が身可愛さで関わった奴等が全員で結託して隠そうとしたもんだからタチが悪い。
バックにはその筋の輩が居たらしくて、夏希の件で高校生達はトカゲの尻尾切りにあって黒幕は霧の中だ。
授業に身も入らないし、いつもなら楽しいミツとのくだらないおしゃべりも半分も頭に入ってこない有様だった。
それよりも、ふいに夏希が俺を呼ぶ声が聞こえた気がしてどうにかなりそうだった。
『兄ちゃん』
そう聞こえた気がして何度も振り返った。
その度にミツが肩をぱんっ!て叩いてどうした?って聞いてくれて、そんな声は聞こえるはずがないって自分に言い聞かせることが出来た。
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