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圭に羽交い締めにされたミツは口元を笑みに歪めていた。
首締められたショックも吹っ飛ぶくらい驚いた。
ミツのやつ、そりゃあもうびっくりするくらいに綺麗な顔して、そらぁもう心底嬉しそうに笑ってんだぞ。
「ほらみてみぃ!ほんまは死にたくないくせに死にたがんなや」
「ミツ!」
「ええか!死にたいんならなぁ、俺等の知らんとこで勝手に死ね」
「やめろミツ!」
なんでだ?
ベッドへ突っ伏してゼェゼェと呼吸を整えながら見たミツはそりゃあもう楽しそうにぺらっぺらのうっすい言葉で俺を糾弾した。
俺に言葉を投げる度、圭がミツを止めようと叫ぶ。
それが目的であるかのように。
圭がミツを呼ぶ度に薄暗闇でもわかるほどにミツが高揚して頬がほんのりと赤く染る。圭はミツが興奮してそうなってると思ってるだろうけど、違う。
これはそんなんじゃない。
説明なんか出来ないけど、今のミツは俺の事なんて眼中に無い。
結局圭はミツを止める為に床へしゃがみ込んでミツの頭を胸に押し付けて抱き込んだ。
ここは病院だからな。
長い時間こんなに大騒ぎしてたら看護師がすっ飛んで来るわ。
ミツを抱き締めながら俺の顔をキッと見据えて、ぱっくりと口を開く。
「千春!お前アレや。今日お前は死んだ、二回死んだ。一回目は自分で殺して、二回目はミツが殺した。だから次は俺の番」
「……はぁ?」
何を言い出した?
こっちも声が出ないもんだから変な返事しかできない。
ミツを抱き抱えた圭が珍しく焦ったような顔をして俺を見上げて声を上げる。
「三番目に殺すのは俺の番!三度目の正直!いつか完璧に殺したるから、その時までお前の命は俺のもんや。ええか、俺の許可無く勝手に死ぬな!わかったな!!」
こんなのは……。
俺を縛るにはなんてか細い命令だろう。
それなのに。
縛られてやっても構わない気がした。
気まぐれでしかないけれど、それもまぁいいかと思った。
俺にはもう夏希の声は聞こえない。
気配すら感じない。
強烈な存在感でもって、圭とミツが俺に付き纏っていた罪悪感を吹き飛ばした。
だから、圭に命を握らせてやるのも吝かでは無い、そう思った。
「………………ふっ…………」
静まり返った病室に微かな吐息が零れ落ちた。
それから、小さな笑い声が徐々に大きくなっていく。それはもう楽しくって堪えても堪えきれなかったかというように。
自分の胸の辺りから聞こえるそれを確認しようと圭が腕の拘束を解いてやると、ミツはゆーっくりと身を起こした。
圭の顔が引き攣る。
ゆっくりとミツが上半身を捻ってこちらに視線を寄越してくる。
うっとりとするようなとろんとした妖艶な流し目に、楽しそうに歪んだ唇。
床にぺたりと座り込んで、圭の腕に白い指を這わせながら男にしては赤い唇からちろりとサクランボみたいな舌を覗かせていつもよりも艶っぽい声を吐く。
「千春。お前、ヤバイ奴に捕まったで」
ヤバいのはお前や。
どこにそんなん隠しとった?
それは……あかんやろ。
今の今まで、俺の中でミツは好みの容姿の親友でしか無かった。性格的にもかなり好みだけど、それは男としてでしかなかった。
性的興奮を催すかと問われれば、それは無いと即答できた。
けれど、目の前のミツは俺の中の日南充像を物の見事に、木っ端微塵に、どうしようもなく粉ッ々に粉砕した。
「……あかん。ミツが壊れた」
何かを口から出さなくては、そう思って振り絞った言葉はこんなもんになってしまったけどこれ以上の言葉は無いだろう?
親友がこんな風になるなんて、誰が思うよ?
いや、俺が自殺未遂なんかしたからミツが壊れたのか?
いやいやいや。
これは違う。
これは、そう、俺に対しての反応とは違う。
じゃあ圭か。
ミツが何かアクションを起こすのはいつだって圭絡みだ。
トリガーは何だった?
いや、別にそれはどうでもいいか。
良くないか。
いつもの竹を割ったようにカラッとしたミツも好きではあるけど、この妙に色っぽいミツも捨て難い。
絶対に圭は許可しないだろうけど、一回くらいお相手願いたいくらいには好みだ。
何がキッカケでこうなった?
俺と圭はくすくす嗤うミツを見つめながら黙って固まるしかなかった。
いや、どうしたもんかと固まってるだけだけど。
暫くして、リノリウムの廊下を誰かが歩いてくる音がして、圭がミツを立たせて何も無かったかのような顔で俺を見下ろしてきた。
圭は耳がいいらしい。
俺も耳がすこぶる良いから初めて仲間を見つけたなって内心喜んだもんだ。
「幸村君、日南君、遅くまでごめんなさいね」
ドアをノックもせずに引き上げた母親がそこに立っていた。後ろからは父親が追って病室に入ってくる。
あぁ、なんか用事があって二人に付き添い任せて抜けてたのか。
そりゃ明日は通夜で明後日は葬式だもんな。
俺が自殺未遂したら迷惑だったな。
また思考が仄暗い方へ向かいそうになるのを圭の声がぶった切った。
「いえ。千春も起きたんで俺達は帰ります」
帰る?
あ、いや、そっか。
そうだよな。
帰るよな。
うん。
「ほんまにごめんなあ」
父親まで謝ってるけど、俺は部屋を出ていくふたりの背中を目で追うので精一杯だ。
なんでだろう?
一緒に居るもんだと自然に思い込んだ。
帰るって単語が物凄く異質なもののような気がした。
なんでだ?
理由なんか分からない。
もしかしたら酷く疲れているのかもしれない。
両親には悪いけど、ベッドに逆戻りして深く息を吸って静かに吐いてから目を瞑った。
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