RUN

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 十二月も終わろうかという頃、冬休みでバイトとバンド三昧の俺にミツからお呼びがかかった。 「忙しいとこ悪いんやけど、ありえへん量の肉貰って困っとんねん。鍋やるから食いに来てくれ」 「俺食細いけどな」 「そんなん言うてもお前くらいしか呼べるやつおらへんしどうにかならへん?」 「んー、戦力外で期待しないていうならお邪魔さしてもらうわ」 「そか!助かるわ」  好きな相手に呼び出される。しかも、頼りにされてると来たらまぁ悪い気はしない。いや、めっちゃ嬉しい!  食が細いのは本当で、そんなのは三年も一緒に飯食ってた仲なら当然知ってる。それでも俺を呼んでくれたってところがミソで。長い休みになるとみんな喜ぶけど俺はミツに会えないもんだからつまらない。そこへこんな連絡が来たらしっぽを振って出かけていくに決まってる。  久々に訪れたミツと圭のマンションは相変わらず狭っ苦しくて、三人で鍋を囲むと暑くて仕方がなかった。  ご丁寧に用意された土鍋の中ではぐつぐつと煮える牛肉と豚肉、しらたきに春菊に白菜、あとどっちゃりときのこが入って、焼き豆腐と長ネギがくつくつと揺れている。  土鍋なんか二人暮しで必要か?って思ったけどミツは圭の為にせっせと飯をこさえるから必要なんだろう。  目の前に座って俺と同じく物凄い量の鍋を見下ろして少しだけ表情を固くしている圭は、感想もほぼ一緒なんじゃないだろうか。  こんなに食えるか! 「すまんなぁ。お歳暮やって肉貰っても俺と圭じゃこんな消化出来へんしなぁ」 「凍らして取っておくのも限界があるわ」 「そゆことや。千春が来てくれて助かったわ」  にこにこと笑って俺の前に取り皿と烏龍茶を置いたミツを圭が少し呆れた顔で見つめている。  いくら三人がかりとはいえ作り過ぎだろう。 「まぁ、ご馳走にはなるけどそんな食えへんぞ」 「おーええで。少しでもやっつけてくれりゃ助かるからな」 「千春」  圭がぼわっと滲む声で俺を呼ぶ。  顔を向けてやればそっと何かを差し出してきたから受け取った。 「……おい」  なんで胃薬渡すねん! 「一応」 「胃を痛めるほど食わへんぞ!」  そうなのか?みたいな顔すんな。  後になって知ったことだけどな、圭はこう見えて天然が入ってるんじゃないかってくらいすっとぼけた反応をする。  少女漫画かなんかから出てきたようなヒロインの相手役を地で行くスペックを取りそろえましたみたいな奴なのに、どっか抜けていてそこは少しばかり愛嬌がある。  それもこれも圭が他人と距離を置きまくって生きているからに他ならない。 「気遣いには感謝するけどな、俺は無理はしない(たち)やからな」 「そうか」  手をスッと引っ込めて胃薬は自分で飲んだ。  で、だ。  鍋はな、見た目通りこれでもかって量があった。  男三人ならこれくらいいけるだろうと踏んだミツの暴走の結果、俺は腹をぱんぱんにして倒れてるわけだ。  俺が戦線離脱した後も涼しい顔した圭は黙々と平らげていくけれど、俺に続いてミツまでギブアップしやがった。 「いやぁ、作り過ぎたわぁ」 「美味いもんでもこんだけ量があったら無理や。途中から食との戦いやったぞ」 「なぁ。すまん、やり過ぎた」  ふたりして無理無理って苦笑いしてるのに、圭の奴は無言で余った鍋の中身を口へ突っ込んでいく。  あー……これあれか。  ミツが作った物を残すのが嫌なのか。  どっからどう見ても限界だもんな。 「ミツ」 「あん?」 「お前普段からこんな量作っとんのか?」 「いや?今日は貰いもん消化しよ思ったから多かったけど、普段はあんま金もないからそこまでやないな」 「ならええけど」 「ん?」  いつもこうなら圭が格闘技で汗を流すのも頷けると思っただけだ。  ジョギングとかそういうのもやってるみたいだしな。  全員食事を終えて、三人で何となくまったりしはじめた。  持ってこいと言われたから持ってきたギターを弾いてやると圭は興味津々で俺の手元をじっと眺めてきた。 「ここ防音やなかったら殴りこまれんぞ」 「一応防音」 「ほぉ」 「それに一時間も弾かへんやろ」 「そら金とるレベルやな」  流行りの曲とか、自分で作った曲とか、適当に弾きながら歌ってやれば目を細めて満足そうに聴き入ってくれた。  ミツは笑ってから食器を洗いに行ってしまったけれど、俺の奏でる旋律に合わせて体を揺らしてくれているから聴いてるらしい。 「圭って楽器やるんか?」 「一応、ギターとサックス」 「そらええな。聞かしてくれ」  しまった!って顔をしてから目を見彷徨わせた。  なんだ?と思いながらも黙って反応を待てば、渋々というようにクローゼットから黒いケースを取り出してきた。 「ギター上手い奴の前でやっとこ吹いてるよなの聴かせんの勇気いるけどな」 「はぁ……音楽なんか楽しんでなんぼや」 「そらそうですけども」  ため息を吐いてからマウスピースにぽってりとした唇を寄せた。  あー?  何がやっとこ吹いてるだ?  普通に金取れるレベルやないか。 「何やその顔」 「謙遜もその腕でやられると嫌味」 「はぁ?」 「俺くらいしか聴くやつ居らんからな。良かったな圭、千春が上手いって言うとるわ」  ぼんっ!て顔を赤くしおった。  そういう事か。  さっきのは下手とか上手いとか判らないから予防線を張ったのか。  俺も大概だけど、圭もだな。
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