RUN

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 洗い物を終えたミツが居間へ戻ってきたから、俺らは楽器をしまって話をする姿勢を作った。 「一応、話しておこうかと思ってな」  肉を食ってくれってのももちろんあったんだろうけれど、圭は俺が来てからなんかそわそわしていたからな。話があるんだとは思っていた。  出会った頃にはこんな感じなるとは思いもしなかった。いけすかないやつだと思ったし、圭だって俺の事なんか眼中に無かったはずだ。お互い当たり障りなく距離を取ってやってくもんだと疑わなかった。  それがなんでか今じゃ友達ってやつで、信用も信頼も他の奴等よりもずっと深くて重い。  間にミツを挟む関係だって言うのは解ってるけれど、それでも圭が俺を裏切るような真似をすることは無い。そう信じられる。  言い難そうに何度も口をもぐもぐさせては、視線を上げたり下げたりを繰り返す。  それを口にしたら俺との縁が消えてしまうとでもいうように、真っ赤な舌がちろりと乾いてしまった唇を舐める。 「俺の志望校は東京大学で、上京する事になる」  うん。  知ってた。  ついに来たかって構えた。 「そんじゃ俺も同じとこ受けるか」  サラッと言い放ったミツを羨ましく思う。  俺はそんな風に言えない。 「お前、もしかしてブラコンか?」  当たり前について行くと宣言したミツに少し困った風に圭が言った。  まさかとは思うが、置いていく気だったのか?  お前はミツがいなきゃまともな生活なんかできないだろ?それ以前にミツが隣に居るのが自然の事になってるのに、お前ひとりで生きてけるはずないのに何言ってんだ? 「せやで」 「は?何を今更。お前等セットやろ」 「おいこら!セットってなんや」 「セットでお得みたいなもんやんか」  変な空気になりかけたのを察したミツが笑って言い切ったから、俺も乗っかって笑ってやる。  ミツはどうやら圭の事を兄としてではなく、人として好きらしい。  もっと俗っぽく言ってしまうなら性的に好きってやつだ。抱くんでも抱かれるんでもいいから圭と一緒に居たい。そういう感じ。いっそ健気だと思うほどに圭の事ばかりを想ってる。  最初こそめっちゃくちゃモテるのになんだコイツ?って思ったけれど、そんなのは個人の自由なんだから仕方がないと思うことにした。  それに、今じゃ俺もミツに惚れてるわけだし。  気持ち悪さを感じなくてよかった。  盛大なブーメランがぶっ刺さるとこやった。  内心、ついていけるミツが羨ましかった。 「千春も一緒来たらええやんか」  目を輝かせてこっち見んなって。  金銭的な話だ。  出来ない事もあるだろ? 「なんでそうなんねん」 「また突発的に死のうとしたらあかんやろ?それが心配やし、あっちの方が音楽やるには都合ええやろ」 「音楽にはあんま関係ないけど……せやなぁ」  ギターを抱え直してガシガシと頭を掻く。伸び放題の髪に押された丸メガネがかしょんと変な音を立てた。  親に言うだけ言ってみてもいいのかもしれない。  俺があんな事をしたもんだから親は俺に何かを言う事を止めてしまった。取り敢えず生きていてくれればいいや的な、あまり建設的では無い関係が構築されて、妹とも前にも増して不干渉になっている。  サクッと一言で斬るなら、親は俺を持て余している。  どうしたもんかと葛藤するけど、答えなんかもうとっくに出てるんだよなぁ。  まず、俺はミツが居ないと多分ダメだ。  恋って表現には少しばかり甘さが足りないけれど、ミツと笑ってくっだんない話をしている時間がこのままずっと続いたらいいのにって本気で思うくらいにはその存在を愛しく想っているし、ミツの隣りに居たいと思っている。  顔が好みだなんて思いながら三年も隣に居て、この間のアレだ。  俺はいたってノーマルで、ミツ以外に劣情を催したりはしない。綺麗で男でも一回位ならいいかもって下世話な話題に上がる圭にだって無理だ。  まぁ、女の抱き寄せたら折れちゃいそうな細い腰からなだらかに尻へと続くラインや、見るからにやわらかそうな胸の膨らみも大変魅力的ではあるんだけどな。  けど、長い時間一緒に居て心が落ち着く相手っていったらミツなんだよなぁ。ミツなんてどこをどう見ても柔らかそうじゃないし、細さなんてないし、なんなら硬そうなのに。  はぁ……ってため息を吐いて、自分を納得させてきた言葉をはき出す。 「金、掛かるやろうが」  こればかりは仕方が無い。  いくらなんでもミツにも圭にもどうにも出来ないだろう。  残念そうに目を伏せたミツをとろんとした視線で確認した圭が、ほんの微かに息を吐く。 「もし」  ぽそっと呟いた。  俺とミツがなんだ?って圭を見たら、慌てて視線を外した。 「千春が嫌やなかったら、一緒に住んだらええ」  そっぽを向きながらそんなことを宣う。 「それでええやん。俺飯とか作れるで」  ミツはとても嬉しそうに身を乗り出した。  それは、それは、とても、嬉しそうに。 「は?」 「学費とかはまぁ、バイトとか奨学金とかでなんとかいけるやろ」 「え?何、なんなんお前等」 「な?あっち行って仕切り直ししようや」  そんな顔をするなって。  お前等に言われたら俺は…………。
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