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 ほぉ……俺にものを語れて言うか。  ふむ。  俺は口下手やから大した話は出来んぞ。  そんでも良けりゃこっちは別に構わんけどな。  話したところで誰でも経験してるよな面白みのない人生だけどな、それでも俺には……まぁ俺にとっては悪くないもんだったから話すくらいならしてもええぞ。  俺の事を他人はミステリアスだぁなんだと言いたいこと言うてたけどな、蓋を開けりゃなんてこたぁない。  ただのつまんないふっつーの男やぞ。  なぁ、初恋て覚えてるか?  俺は覚えてない。  親が言うには保育園で一緒だったマリちゃんって子らしい。  目がパチッとしたかぁわいい子で、くるくる天然パーマのショートヘアに口を開けて笑うと可愛い八重歯がコンニチワする子だったらしい。  その次は小学校で一緒になったサナちゃん。  こっちはうっすら覚えてて、やっぱり目がくりくりと大きくて、にっこり笑うとえくぼと八重歯が可愛らしかった。  うん。  俺が好きになる子はいつもクリッとした瞳と八重歯の子ばっかりだったから好みのタイプは八重歯の子で決まりやな。ってなんやそれ。めっちゃくちゃ守備範囲狭いやんか。  とは言いつつも、中学で初めて付き合った子も八重歯がチャーミングな子だったから好きなタイプっていうのは自分ではどうしようもないんだろうな。  思わず揉みたくなるような尻やたぷんっと揺れるでっかい乳も男としてはまぁそそられるけど、残念なことに優先順位はそんな高くない。  けれど、そう口にしておくと男友達からは共感も得られるし、少し下品くらいの方がウケが良い。俺は口が上手い方でもないからそういう感じの方が集団に上手く馴染めるんだ。  そうそう。  大阪出身ではあるけど、お笑いは苦手な方だ。  見るのも聞くのもまぁ馴染みもあるし嫌いじゃないんだけど、日常に紛れてくるボケとツッコミ、あれがあかん。  大阪人全員が面白いと思うのは止めてくれ。少なくともなんも面白く無い男がここに居る。  口下手って表現をすれば少し違くて、さりとて口が立つ方でも無く、ならやっぱり口下手かと行ったり来たりするくらいには自分から面白くしていこうという気概も無かった。  これは子供の時からで。  すぐ下の弟が絵に描いたようなひょうきん者だから、俺の反応の薄さは親からしたらかなり際立って見えただろう。  少し歳の離れた妹も居るけど、こっちは不可侵条約を結んでるかの如く会話が無い。  あちらさん曰く、反応も薄いし何話しても表情があんまり変わらないってことらしい。  思春期に差し掛かった頃にはズバッと兄貴はおもんないと斬られ済みだ。  な?  可も不可もないやろ?  なんとなく家族から浮いたとしても弾き出されるわけと違うし、こんくらいの奴なら世の中ごまんと居る。それに、弟はひょうきんでお調子者やったけど、俺の事を煙たがったりせん奴やったから、妹と上手くやれんくても支障は無かったしな。  学校では自分から行かなくても向こうから構いに来るようなとこもあったからそれなりに普通に暮らしとったし、なーんも不自由なかったな。  そんな俺の世界がヘンテコな方へと転がり出したのは高校に入った頃。  俺が進学したのは頭が良い奴の集まる進学校って呼ばれる学校だったけれど、家から近いっていうただそれだけの理由でそこへ決めた。  家から徒歩十五分は魅力だろ?  入学式を終えて、ちらほらと知った顔も居る教室でそれなりに日々を過ごす。  進学校だからバイトを考えてる奴もほとんどいないし、中坊の時とは皆なんとなく雰囲気が変わったけれど、それでもまぁ大したことは無い。  入学式から二週間。  転入生がやってきた。  なんっつータイミング。 「日南(ひなみ)(みつる)です。家の事情で変な時期に転入になったけどよろしくなぁ」  八重歯を見せてにかっと笑ったそいつ。  コイツが俺の人生をこれでもかっ!ってくらいにめっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃにしくさった。  もしこの時の俺に何かを言ってやれるとしたら、全力で逃げろくらいか。 「席は四谷(よつや)の後ろだ。四谷、手ぇ挙げ」 「はいはい」  担任に言われて手を挙げてゆるゆると左右に振ってやる。  そういや朝来た時に後ろになんか席が用意されてるなーとは思った。転入生が来るんならそれも納得だけれど、この時期にそんなこともないだろうと思ったから不思議ではあった。  日南は大股のわりに早くも遅くもない速度で俺の前まで来ると、俺の目を見てまたあの人懐こい笑顔を浮かべた。  うん。  黒目がちのでっかい目が笑みでかまぼこ型に歪んで、頬には少しだけえくぼがある。にかって笑った口元には立派な八重歯が鎮座していて、それが愛嬌を醸し出す。  これが女だったらバッチリ俺のストライクゾーンど真ん中を豪速球で撃ち抜いてた。  男だったのが悔やまれる。 「えっと、四谷?」 「四谷千春(ちはる)や。千春でええ」 「おー、千春。よろしくなぁ」 「おぅ」  笑みを深めた顔はやっぱり好みだった。  別に女っぽくはないし、なんならゴリッゴリに男だけど。  それでもなんて表現したらいいのか分からない親しみっていうのか?そういうのでこっちの警戒心をペリッと剥がしてしまう。  まぁ、兎に角あれだ。  好みだったんだよ。  見た目も、中身もな。
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