RUN

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 煌々と電気が照らす車内から真っ暗な風景を眺めているとすっと明かりが灯って、目的の駅が現れた。  降り立った駅は人もまばらで、さっきまでの人の多さがすっかりとなりを潜めた理由は改札を抜けて地上へ上がってみればすぐに分かった。 「ふぅん……」  大きな通りに面した区画はビルや背の高い建物が多いけれど、一歩路地に足を踏み込めば住宅やマンションだらけだ。  いい感じの下町感と観光客がこぞって訪れるスポットが混在しているエリアらしい。  教えられたとおりに道を進んで、ゲームセンターなのかなんなのかよく分からない店の角を曲がって少し歩くとこじんまりとしたマンションのエントランスが見える。 「よくぞまぁこんなとこ用意したな」  見上げてみれば十二階建てのマンションは通りに面している面積が狭いだけで奥に広い造りになっていた。先に渡されていた鍵を差し込んで開いた自動ドアから中へ身を滑り込ませて、奥へと伸びた長い廊下を歩く。  履き潰す勢いのスニーカーが大理石を模した床に不釣り合いで、ぺたぺたと音を鳴らしながら歩いてエレベーターに乗り込んだ。  ちん!とレトロな音を立ててエレベーターが開いた。  綺麗なエレベーターホールを見る限りここがそこそこのお値段のマンションなんだってわかる。  小さく息を吐いてからエレベーターから降り立った。 「迷わず来れたらしいな」  死角から声をかけるな。  内心飛び跳ねそうな勢いで驚いたけど、そんな事はお首にも出さないで肩を竦めてやった。 「ご丁寧な案内を貰っとったからな」 「そうか」  なんでミツじゃなく圭がわざわざ出迎えに来たのかと思ったら、ゆらりと体を傾けてエレベーターのボタンへ指を伸ばした。  出迎えに来たんじゃなくて、どこかへ出掛けるところだったらしい。 「どっか行くん?」 「夕飯の買い物。そこにスーパーあったやろ」 「おー、あったな」 「お前来るから今日からはきちんとしたもん作るんだと」 「そらありがとさん」  で、肝心のミツは?  買い物なんて作る奴が行った方が良いに決まってる。  ミツは家事の一切を自分がやると言い張ったし、やってもらえるなら有難いから任せる事にしてみた。  流石に全部が全部任せるつもりもなくて、様子を見て掃除やら洗濯やらは請け負う気でいる。 「ミツはお前の荷物の荷解きしとる。部屋行って片した方がいいぞ。夜寝るとこ無くなる勢いだからな」 「げっ……」  前情報だけで引越しの荷物を送ったもんだから不手際があったのかもしれない。 「わかった」  ミツに荷解きをさせるとか、それはナシだろ。  玄関のドアを押し開けて中へ入ると廊下にまでダンボールが飛び出していて、俺の部屋と思しき部屋からガタガタと音が漏れてくる。 「おーい、ミツ」  呼びかけながら部屋を見ると大きな家具は思った通りに設置されて、俺の送り付けた服や小物がどっちゃり詰まったダンボールの谷間でミツがせっせと服を畳んでいる。  そんなもん適当にクローゼットにぶちこんでしまえばいいのに、覗き込んだクローゼットには服屋の如く綺麗に折り畳まれた俺の服が整然と収まっている。ハンガーラック部分も季節ごとに分けられてパリッと並んでいるんだからもう何も言えない。 「おー!来たか!」  俺の呼びかけに顔を上げてこっちを見上げてニカッと八重歯を見せて笑った。  うん。  やっぱめっちゃ可愛いな。  いや、俺にとっては。  そこそこガタイがいい男に可愛いって形容詞が不釣合いなのは十分理解してる。 「荷解きしとるて圭が」 「勝手に開けてすまんな。けどこれなんとかせんと着るもんどれがどれかわからんやろ?」 「あ?あーそうやな」  実は一番最初に開ける用の箱には印をしておいたんだけど、半分くらいはもう既に綺麗に収まるべき所へ収まってしまっている。  いつこのダンボールの山が届いたのかは分からないけど、かなりの量をしまわせてしまったのには違いない。  荷物なんかそんなに持ってないと思ったけど、そんなこと無かったな。  これからはミニマリストを目指そう。  うん。  本当に必要なもの以外は草臥れた順に始末して、スッキリした生活をしよう。  そうだ。  その方がなんか格好良いもんな。 「悪いな」 「ええて。寧ろ勝手にやってごめんやで」 「助かった」 「なら良かった」  俺の服を畳みながら笑って見上げてくるのは反則な気がする。本人にそんな気は無いのは百も承知だけれど、上目遣いってのはどうしてこうも可愛さが倍増するんだろうか。  圭が不在なのがまたいけない。  俺がミツに片想いしてるだなんて二人とも思ってもいないんだから変な動きをしたらダメだ。  デイパックを廊下へ置いて、ミツと並んで荷物をやっつけにかかった。
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