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love me, I love you
環境を変えて嫌なことを忘れるとか聞いたことがあるけど、あれ正解な。
東京へ出てきたからって同じ日本だろくらいの感覚でいたら本当に細かなところが少しずつ違う。それでもひとりで上京してきていたならじわじわと染まってそんな事も気にならなくなるだろうに、生憎と三人も同郷の人間が居るとそうもいかない。
ミツは相変わらず関西の言葉を話したけれど、大学の連中と話す機会が多いもんだから言葉が混ざってきていて自分でイントネーションがおかしいとか頻りに首を捻っているし、俺は言葉自体あんまり発さない省エネ状態に陥っている。
大学生活も高校とかなり違うし、色んな物事の勝手の違いから入学して暫くは日常を過ごすだけで手一杯だった。
「飯できたぞ」
どのくらい手一杯かって、圭が家事をやるくらいには手一杯だった。
俺もミツも今の生活に慣れるまで一ヶ月位はどうしようもならない。だってな?電車通学すら初めてなのに都心のラッシュを経験する時間の講義を入れてしまったからな。
知っていたなら避けたわ。
「お前料理上手かったんだな」
「……そらどうも」
圭の作った飯は美味い。
紅茶で煮たブロックの豚肉はとろとろにとろけるし、付け合せのポテトサラダはじゃがいもがほくほくしてるし人参やらハムやらがどっちゃり入って塩加減もちょうどいい。ロールパンは温められていて焼きたてとまではいかなくともバターが溶けて充分過ぎるほど美味い。
スープは出来合いだって言うけど、これだけの皿を毎日並べてくれるのには素直に頭下げるしかない。
圭は元々は関東の出身らしいから、俺やミツみたいな環境の変化でダウンってことはなかった。
そうなると自然に家事とかそういう細々したものを圭が請け負うこととなる。
それをミツはすまなさがったけど、こればっかはどうしようもないだろ。
「気にするな」
謝られる度に一言でバッサリと斬る。
圭はそういう人間だからな。
全く気にしていないし、恩着せがましく何かを言うこともない。
家での生活はそんな感じだから心配していたミツへのあれこれは今のところ発動していない。
家の方は圭が居るから今のところ問題ないけれど、大学生活については自分でどうにかするしかない。
俺は入れればどこの学部でも良かったもんだからやる気とやらは無い。いや、元々やる気なんか無いから大学がどうとかじゃあないな。
バンドというか歌う事とギターを弾くことは俺のストレス解消で、魚が泳ぐのと同じくらい当たり前のことだから、今の状況がどうだろうが弾く場所を求めるのは当たり前のことだった。
家で弾いてりゃいいのはそうなんだけど、防音とはいえダウン気味のミツの傍でジャカジャカやるのは気が引けたからサークルで音を出せるところを探してさっさと所属した。
後、バイトな。
これも大阪に居た時と同じく音楽関係で探して運良く楽器店とライブハウスの仕事にありついた。
学校のまぁまぁ近くに楽器屋が多い地区があったのはラッキーだった。
「働いて大丈夫か?」
「おー。音出してもええとこみっけたからな」
「そうか」
なんでか圭には心配されたけど、どのみち大人しくなんてしていられないんだから動くなら早い方がいい。
こっちではバンドの形は取らないでひとりで活動することにした。
集団行動は得意じゃないし、バンドとバイトを掛け持ちするとなるとどうしても誰かとどうこうは難しくなるから最初からひとりで動いた方が気が楽だ。
関西で築いた人脈がまだ生きていてくれて、今何をしているのかと聞いて貰えたから正直にひとりで気ままにライブハウスで歌ってるって答えたら運良く引きが来た。
口を聞いてもらってレコーディングのサポートって形で色んなとこへ顔を出させてもらって、徐々にだけど小金を稼げるようになってきた。
いつまでも圭におんぶにだっこってのも気まずいから少しでも家に金を入れられるのは自尊心的にありがたかった。
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