love me, I love you

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 連休を挟んだくらいからミツも復活して、昼飯が豪華になった。  具体的に言うと弁当になった。  節約の為といいながらせっせと飯を拵えるミツは朝昼晩と手の込んだ料理を作ったし、家の掃除から洗濯までをちゃかちゃかと片付けた。  圭もマメな方だと思ったけれど、ミツのそれはそれ以上だ。ずぼらな俺が手伝えることなんか何も無い。  夜は夜で圭もミツもバイトと並行して格闘技のジム通いは続けていたから俺も同じく合気道を続けることにした。  大学が無い日はバンドと道場とバイト。  クルクルと動き回っていないとよく分からない焦燥感に捕まりそうだったから動けるだけ動いた。  ぽけっとしてるのは水曜日だけ。  ここは講義も無くて、丁度いいからバイトも道場も無しにした。 「ほい、お疲れちゃん」  休みでぼーっと一日を過ごした俺の前に牛乳で煮出した紅茶を置いたミツが向かいの席に座った。  少し疲れているからか首筋に手を置いて肘をつくミツからは変な色気が漏れ出ていて、喉がこくりと鳴った。 「お前のがお疲れやろ」 「おーそうやな。流石にまだ慣れへんしな」  そんな事ないとか見え見えの嘘をつかないとこが好きだ。  心配して欲しいとかそういう空気も出さずにカラッと笑ってみせる。 「これからバイトか?」 「も少ししたら出るわ。家で出来るやつも準備しとるからそっちが軌道に乗ったら楽になるんやけど」 「無理すんなよ」  にこーって笑った顔がまた可愛くて困る。  ミツは俺を身内認定したらしくて、家ではこういう少し幼い顔を見せるようになった。 「夕飯はチャーハンな」 「わかった。圭は?」 「今日は大学終わったらそのままバイトやな」 「圭が塾のセンセとかイメージ無いな」 「家庭教師よか生徒との距離が遠いからまだマシや言うてたな」  圭は個別指導塾で先生のバイトをしている。  接客業は向いていないと言っていたくせに塾かい?!って思ったけれど、相手が勉強をしに来ているだけというなら接客業とはちょっと違うのかもしれない。  でも個人塾って集団よかコミュニケーション能力が求められそうなもんだけどな。 「個別指導だとペイもええて言うてたな。あとはアレや、今五月やろ?たった一ヶ月で受け持ちの生徒二人とも成績上がったらしくて、塾からの評価も上がったから賃料も上がったって」 「そらすごいな」 「圭は人間苦手な分、分析とかそういうのに個人的な感情混ぜへんからな。本人にやる気がありさえすりゃそら上がるやろなぁ」  受験勉強でお世話になった俺は黙って頷いておくことにした。  確かに圭は他人にものを教えるのはとても上手かった。  変におしゃべりをするわけではないから勉強に集中できるし、間違えについてもなんで間違えたのかじゃなくてどうしてそう思ったのかをヒアリングして、その上で正しい考え方に導いてくスタイルだ。  そうだな。このやり方だったら個人の方が向いてるか。  表向きは圭の話をしながら、その実ミツのくるくるとよく変わる表情を見ている。  少し目を伏せて何かを考える仕草が色っぽくて、それがふとした瞬間にぱあっと華やいで子供みたく笑ってみせる。  夕飯を作るとシンクに向かったエプロン姿の背中とか、振り向いて「干しエビ入れるかぁ?」て聞いてくる仕草なんかは同棲してる彼女が居たらこんなか?って思う。  中華鍋からごま油のいい匂いが香って、具材を炒めながら隣のコンロの火に掛けた鍋に溶き卵を投入してる。 「味被るかもしれんけど中華スープな」 「ええやろ。中華スープ上手いし」 「悪いけど圭が帰ってきたら温めてやってくれへん?」 「ええぞ」  それくらいは喜んでやる。  家の手伝いなんかしたこと無かったけど、何もしない事の手持ち無沙汰感はここへ来てから思い知った。  やらないで済むならありがたいって思っていたけど、今では何か出来る事があるなら喜んでやるって思考にシフトしてる。  薄いグレーのトレンチコートを羽織ってミツはバタバタと家を出て行った。  今日は確か洋食の店で給仕のバイトだったはず。  賄いで色んな料理を食べられるから味を盗むのに丁度いいと始めたバイトだけど、飲食店ってのはどうしても衛生的に宜しくない部分もあるらしくて最近ミツは潔癖症になりかけている。  黒光りする虫やネズミなんかは当たり前に発生するし、今の店は賞味期限ギリギリの食材やどう考えても生じゃ食べられないようなものでも火を通して出したりもしているらしい。  どうかと思ってもバイトの身分じゃ見て見ぬふりになる。なるけど、よその店もそうなんじゃないかと頭の隅で考えるらしくて外食が苦手になった。  それに店に来る客も綺麗な奴ばっかじゃないしな。 「可哀想なやっちゃ……」  そんなミツが作った飯は衛生的で、しかも美味い。  夜飯にはまだ早い時間だけれど、出来たての誘惑に負けてよそったチャーハンと中華スープはマジで美味い。  散蓮華で掬って口へ突っ込んだチャーハンは口の中でパラパラと解けてごま油とネギとシャンタンの香りがいっぱいに広がるし、スープも同じシャンタンのはずなのにこっちは胡椒が効いていてまた違った美味さが広がる。 「うまっ」  自分の分をすっかり空にして皿を洗ってから風呂を使う。  風呂もカビのひとつ、ぬめりのひとつも無くて、シャンプーやコンディショナーのボトルもサラサラしている。こんなのヌルッとしそうなもんなのに。  風呂上がりのバスタオルなんか柔軟剤でも使っているのかふっわふわで、爽やかな香りがする。 「いい嫁になれそうなんやけどな」  あいつ性別が違ってたら引く手あまたやろ。  いや、今でもそうか。  今は共働きが当たり前のご時世だしな。
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