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 進学校とはいってもまだ中坊に毛の生えたような奴も沢山居るわけだ。  いかにスカして頭の出来が良くてもノリとツッコミの大阪の精神は健在で、日南に向かってそりゃいくら何でも失礼じゃないか?って質問もあっけらかんとバンバンぶっ飛ばす。日南はそれを八重歯を見せてカカカと笑いながらテンポ良くいなしていく。  サイダーの泡がパチパチ弾けるように言葉がぱんぱん弾けて、俺だったら聞きたくても聞けないような内容にも答えを返していく。  次の授業は指されることも無い現国だ。  休み時間に仕入れた情報を頭の中で反芻させて教科書を読み上げる先生の声を聞き流す。  日南には血の繋がらない兄がいるそうだ。  隣のクラスの幸村(ゆきむら)(けい)がそう。話したことは無いけれど、名を言われればわかるくらいの有名人だ。  入学してたかだか二週間で有名人になっているのは、幸村が満場一致の美少年だからに他ならない。しかも、高身長でクール系のな。  寡黙で殆ど口を開くことは無いけれど、声そのものは高くも低くも無いのに耳の奥の方でぼわぁっとじんわり滲んで波紋を広げるような、結構好みの良い声だった。普段は寡黙でも挨拶されればきちんと返すから隣のクラスならたまたま声を聞くことだってなくはない。  成績も優秀で新入生挨拶をしていたと思う。つか、してた。それで誰だアイツって主に女子が色めき立った。あと、スポーツも出来るらしいから神は二物を与えずってのは嘘だなって印象に残った。  こんだけ目立てばやっかみも買いそうなもんだけれど、幸村と同じ中学の奴等が、幸村が一度だけいじめを止める為に傷害事件未遂を起こしていると話してやっかみ連中は絡むことが出来なくなった。いじめっこグループを一人でボコって学校側へ突き出したっていうんだから腕っぷしは折り紙付きだろう。しかも義父がでかい会社の代表で、政治進出したのも幸村が未遂で済んだ理由らしい。幾ら何でも傷害事件レベルの暴力を振るったら正義の味方でも捕まるわ。  いや、黒い噂っていうか、そういうのもあって。  実父がどっかのお偉いさんとか、大物政治家とか、やの付く職業とか。だから不可侵みたいな。都市伝説みたいなやつ。  アレの弟か。  てことは、噂に聞いた義父ってのが日南の親父なのかもしれない。  二人の血が繋がってないと言われて納得する。  全く似てないからな。  けれど、それは日南が美形ではないということでは無い。  俺の好みを差っ引いてみても綺麗な顔をしていると思う。  幸村が西洋風の美形なら日南は東洋風の美形だ。口を開くと八重歯があって、目が垂れるから急に愛嬌が出て美形のイメージを覆してしまうだけだ。  頭の中に幸村の姿を思い浮かべる。  まず、特筆すべきは木目の細かい真っ白い肌だろうな。あそこまでとなるとどっかの血が混じってるんだろうな。純粋な日本人というのには少し違和感があるし。髪と瞳は緑がかった黒。漆黒。濡れたような艶髪っていうのはああいうの言うんだなって思ったわ。くっきりとした二重に、長い睫毛。虹彩は光にあたると色合いを変えてまぁ人形のガラス玉の瞳みたいな綺麗さだ。鼻筋はすっと通って高く、唇はぽてっと厚いし内っ側からじんわりとグラデーションに滲み出してるようなバラみたいな色をしていて目を引く。  そん中でも女子が特にキャアキャアいってるのは切れ長の瞳な。流し目っていうのか、癖なんだろうけれど視線だけでちろりと眺めてから相手を確認して、同じクラスとかそこそこ慣れた相手には薄く微笑む。  うん。  確かにまぁ、堪らんやろな。  翻って日南。  焦げ茶の髪は長めで、歩く度にサラサラと揺れる。アシンメトリーの前髪の下の太めの眉は意思が強そうにキリリと上がっていて、グリグリした瞳は茶色がかった虹彩がキラキラと光っている。肌は少し荒れ気味だけど、それは俺等が思春期だからかもしれない。ニキビのある奴も多いしな。  幸村の方はパーツごとに褒める勢いだけど、日南の方はバランスが良いから全体を褒める感じだな。  それと、雰囲気。  笑顔が人懐こくて、声を出して笑うとこっちまで楽しくなってくる。相手の目を見て不愉快にさせないところを確認しながら望まれたものを望まれたままに差し出していくスタイルを嫌う奴はそう居ないだろう。  短い時間でもそれくらいは分かった。  三限は体育。  ちろりと目の端で確認すれば日南はきちんとジャージを持参していた。 「ん?」 「いや、体操服持ってんのかと」 「あー。あるある。先に日課表と時間割貰った」 「そんならええわ」  ニマッと人懐こく笑うからなんかばつが悪くて視線を逸らした。  心配するとか柄にも無い。 「やっぱ千春ええ奴やなー」  でかい声で言うな。  慌てて更衣室へ向かう俺の後ろを笑いながらくっついてきた。 「ついてくんな!」 「無理やろ。行先同しや」 「あー!」 「千春ってええ奴やな」 「デカい!声デカい!」 「ええやん。いい事はデカい声で宣伝せな」 「宣伝すな!」  廊下を競歩みたいに歩きながら更衣室へ向かう俺等を何事かとわざわざ教室から顔を出して見に来る奴まで出てきて小っ恥ずかしいったらない。  昼飯の時間になって、どうするか迷ったけど日南に声を掛けることにした。  食堂や購買の場所は知っているだろうけど、実際に足を運んでいないと分からないかもしれないし。 「飯やけどな、食堂と購買あるけどわかるか?」 「一応な」 「どっちも早いもん勝ち。上級生が幅を利かしとるから弁当持ってくるのが無難やけど、あるか?」  無ければ気が重いけど購買に突撃してやらなくてはならないだろう。  食堂だと殆どが三年だから気まずいというか、よく分からない同調圧力があるから飯どころじゃなくなる。 「持ってきとるで。ウチ貧乏やからな」 「貧乏か!」 「圭と六畳一間のアパート暮しやからな。少しでも節約せんと」 「さよか……」  さらりと凄いこと言われたな。
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