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 倒れた俺を熱中症と見立てたのは幸村だった。  人混みから離れてから念の為にと幸村が救急車を呼んで、病院から担いで帰ってきてくれたらしい。  まず俺の実家の電話番号をミツが知らなくて、携帯電話を携帯していなかった俺の連絡先を調べる手段が無かったミツがクラスの担任に連絡をしてくれた。それで、親を呼び出したのはいいけど今度は急な事で運転出来る父親が仕事で不在で俺の運び方に困った母親に幸村が背負って帰ってくれると申し出てくれたらしい。  家の前までタクシーで乗り付けて、二階にある俺の部屋のベッドまで幸村が運んでくれたらしい。因みに着替えはミツがさしてくれたらしい。  頭がクラクラする。  嘘やろ……。  碌に話したこともないのに、幸村に背負われるのだけは経験済みとか。  礼を言わなきゃならないのは当たり前として。どういう顔をして礼を言ったらいいのか悩む。  胃のあたりがまた鈍く疼き出す。 「はぁ……」  ミツも幸村も浴衣姿だったらしい。  やっぱりあの浴衣姿のミツは俺の幻覚じゃなくて、ふたりで花火大会へ来ていたってことなんだろう。  あの二人のことだからカップルのデートみたいな雰囲気を醸し出していただろうに、俺はそれをぶち壊したということになるんだろうか。 「けど、よぉ見つけたわ……」  あの人混みで俺を見つけて、暗くて見通しも悪いのに具合が悪いのに気が付いて、助けてくれた。  思わず頭を抱えてベッドへ転がる。 「似合っとったな」  ミツの浴衣。  女子の浴衣に鼻の下を伸ばしとった奴らを笑えん。  俺だって似たようなもんだ。ただ、相手が男だから恋とかそういうんじゃない。好みの見た目の奴の浴衣姿ってだけで、贔屓にしてる芸能人の浴衣姿を見た時に感じるのと似たような感じ。  で、ふっかぁ~いため息を吐いてる。  場所は高校を挟んだ反対側の街にあるマンションの目の前。  六畳一間とか言ってたからてっきりこじんまりとしたアパートを想像したらそんなことは無かった。単身者向けのマンションなのかもしれないけど、見た目は綺麗なもんで貧乏って単語とは結びつかない。 「おー、千春やんか。もーええんか?」  後ろから声がかかって少しだけ足がビクッと浮いた。  恐る恐る振り向いたら、食材の詰まったビニール袋を両手に提げたミツがカカカと軽い笑い声を上げた。 「おぅ」 「よくここわかったな」 「先生から連絡あったから聞いた」 「ほかほか。今圭居らんけど寄ってくか?」 「いや……礼言いに来ただけやから」  って言ってからミツが手に提げたビニール袋をひとつ取り上げた。俺はそんなに体格が良くないからふたつとも持つなんて格好をつけることは出来ない。  ちょっと格好悪いけどこれはもう仕方がない。 「そんなん良かったのに」 「オカンにもこれ持ってけって言われたし」  片方の手に提げていた菓子の入った袋を持ち上げたらミツが目尻を下げた。  多分だけどミツは甘いものが得意ではない。勧められれば口にするけど自分から食べたり飲んだりしているところは見たことがない。  それでも嬉しそうにしてみせるのは、それを渡してこいと言った俺の母親の気持ちに対してだろう。 「ありがとなぁ」  もしかしたら幸村は甘い菓子が平気だったり好きだったりするのかもしれない。  どちらにせよこのふたりの事だから、苦手なものであっても善意のものならば捨てたりはしないで食べるだろうな。 「暑いし中入ろか」 「おう」  笑顔で招かれて綺麗なエントランスへ足を踏み入れた。  外観を裏切らずに部屋の中も昭和の六畳一間とは程遠かった。  単身者向けの物件と当たりをつけたのは正解で、台所と風呂とトイレはしっかり別にあって、ふたりで暮らす為にわざわざ布団を敷いて寝ているらしい。端に避けられた布団とマットレスがオシャレなカバーに包まれている。  テーブルも軽くて折り畳める物が置かれていて、他には座椅子がふたつとクローゼット位しか特記事項は無い。  これなら俺の部屋の方がまだ自由度が高い。 「狭くて驚いたやろ」  笑いながら麦茶を出してくれたから有難く頂戴した。  昨日は無様にも熱中症でぶっ倒れたわけだから、炎天下をここまで歩いてきた体によく冷えた麦茶が染み渡っていく。  半分以上を一口で流し込んだ俺をニカッと笑って、黙って口の方までたっぷりと継ぎ足してくれた。 「狭いっちゅうか、ここ元々一人用やろ」 「おー、やっぱ分かるもんか。最初は圭だけが住む予定やったからなぁ」 「へぇ?」 「圭ひとりにしとくとほんまに物食わんし、下手したら何もしなくなるから無理矢理押しかけてな」 「お前が?」 「俺が」  いやいやいや。  あの綺麗な生き物、そんなに生活能力が無いのか?  あ、いや、そうだな。  浮世離れした感じもあるし、まぁ、無いか。  なんか霞食ってそうだもんな。 「ミツなら飯も美味そうやし、毛艶も良くなるやろ」 「大したことないけどな。けど、褒められりゃ嬉しいもんやな」  ありがとぉって笑って見せるからまた胸の奥の方が変な感じに跳ねた。  別に可愛い訳では無い。  だってミツは普通に男だからな。  格闘技なんかやってるだけあって筋肉もゴリッゴリについてる。それが主張しない体質らしいからちょっと見ただけだと分からないけれど、水泳の授業の時にバッキバキに割れた腹筋を見てコイツとはケンカをしないようにしようと心に決めた。  ミツだけがそうかと言えば、体育は隣のクラスと合同だから幸村の裸も確認済みだ。  あっちもいい体つきはしていたけれど、見るからに筋肉がありますって感じじゃなくて必要な時に必要なだけ力を使うようなタイプらしい。  泳いでいる時にそう思った。  俺もなんか体鍛えた方が良いかなって思うくらいにはふたりともしっかり男の体つきだった。
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