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「……良い話しですね」
今度こそ恐い話を期待していた僕は、拍子抜けしていた。いや、もはや通り越して感動すらしている。
人差し指と親指で目頭を押さえながら天を仰いでいると、彼女はクスクスと笑いながら飴色の液体に砂糖を入れてティースプーンでくるくるとかき混ぜている。
今日も僕の目の前には黒いワンピースを身に纏った嘉吉山が座っている。しかし昨日とはデザインが異なっていることはわかる。
時間も席も同じせいか見える景色も変わらない。店内に流れるクラッシックを聴きながらコーヒーを嗜むお婆さんも、新聞を広げたおじさんも時が止まったかのように同じ席に座っていた。
「常連さんなのよ」
僕の視線と表情で気づいたのか、彼女が声をひそめながら言う。
正直、毎日喫茶店に通う金があるなんて羨ましい。年齢からしたら年金暮らしだろうに、僕よりも優雅な日々を過ごしているのだろう。
「今日もインパクトのある話しじゃなくてごめんなさいね?」
両手でカップを持ち上げると嘉吉山は首を傾げる。
本来の目的を忘れて感動を味わっていたのだから、今日はある意味満足していた。
「いえ。感動をありがとうございました」
正直に礼を伝えると彼女は苦笑していた。
「正直、実際の体験は映画のように明確さに欠けることが多いと思うの。その曖昧さに不気味な雰囲気を漂わせるには、あなたの力量が試されてしまうわね」
「……そうなんですよね」
今までフィクションばかり観ていた僕は、実際の体験はそれを遥かに越えるインパクトのあるものだと勝手に期待していた。しかし、話を聞いてみると現実は不確かなものばかり。だからこその不気味さはあるものの万人が感じる強烈な恐怖は存在しない。
しかし不気味さも書きようによっては「恐怖」に変わる。その力量が僕にあるか。答えは明確だ。そんな力量は持ち合わせてはいない。
「もっと、恐い話しってないんですか? 井戸から長髪の女が出てくるとか」
思わず嘉吉山の体験と話術にすがり付くが無理だった。
「霊は恐いイメージがあるけれど、実際はそんなことないのよ。今回のエピソードのように、関係のある霊は優しさを運んでくれる。あとは、夢だと死んだ祖父母が出てきたこともあるけど握手を交わすだけだったりね」
囁くような静かな声に僕はゆっくりと顔を上げる。
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