体験談Ⅱ

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「大丈夫っすか?」  内田君が太い眉毛を下げて口を丸くしている。夜中のコンビニは客足が少なく、気を抜くとすぐに意識が飛んでしまうから困ったものだ。 「大丈夫。それより、休憩行って来ていいよ?」 「まじっすか! やった!」  離れた目をパッと見開き嬉しそうな顔をすると、レジ中からフロアへと飛び出し元気よくバックヤードへ消えていく姿を見ながら若さを羨む。  おじさんは、この時間にあのテンションにはなれない。  今年、大学に入学したばかりの内田君とは十歳程離れているのだからしょうがないのかもしれない。  彼は服飾系の専門学校に通い夢に向かって勤しみながら、夜はこうしてコンビニでバイトをしている。  僕と同じように、入る時には必ず夜勤のシフトを希望している彼とは基本毎日顔を合わせている。しかし苦にならないのは、内田君のあっけらかんとした性格のお陰だ。不満も喜びも嫌味なく口にする。「はいはい」と、言っておいて本当は何を考えているのかわからない奴より嘘がなく接していて楽だ。  しかし、彼の学校行事や試験期間になると代わりに入る店長が面倒臭い。五十代のおやじギャグや過去の武勇伝ばかり口にすり。正直、相手にするのは疲れる。  だから最近は自分の執筆活動もあり、彼が休みの時は僕もたまに入らないこともある。そうは言っても、金が無ければ生命維持ができない。それに融通は利くし体力的にも楽だから、何だかんだで夜勤を続けてはいる。 「ふぁ~」  客がいないことをいいことに、思わず飛び出た欠伸をそのまま噛み締めていると軽快なメロディーが流れる。客が入ってくる合図だ。急いで口を閉じ顔を正面に向ける。しかし開いた扉からは客が入ってくる気配はない。静かに閉まる自動ドアを見ながら店長の言葉を思い出す。  “__センサーが故障してるのかもしれない”  そういえば、扉の前に店長が立っているのに本来なら感知するはずのセンサーが反応せず扉が開かないことがあったと言っていた。ならば、その逆もありえる。今回はそのパターンだ。  大きく息を吐き出した瞬間、自分が息を止めていたことに気づく。ばかばしい。そう思いながらも嘉吉山の声が脳裏を巡っていた。  “__あなたが、会いたいと願えばいつか会えるわよ”  僕は願ってなどいない。  だから、もう二度とあの人に会うことはない。そもそも幽霊なんていない。いないと思いたい。
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