体験談Ⅱ

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 内田君と交代して、一度休憩に入ってから戻るまで客は一人も来なかったと彼は退屈そうに言っていた。外を見ると鉛色の雲の合間から微かに光が覗いている。そろそろだろうと思っていると、早朝シフトのパートさんがやって来て伝達事項を伝えると僕達の勤務は終了する。  内田君は今日は朝の授業があるからと、急いで支度をするとそのまま大学に向かうと言っていた。僕の予定は午後からだ。一旦家に帰って仮眠をとろうと思っていた。だから、彼のスケジュールを聞いて驚いた。やはり若さは羨ましい。  のそのそと帰り支度をすませると、消費期限が過ぎた商品の中からいくつか見繕う。コンビニのバイトは廃棄処分される商品を自由に持ち帰ることができるから食費が浮いて助かる。勿論、自己責任だが今まで一度も被害にあったことはない。  ファミレスも賄いが出るが、その場で決まった時間以内に頂かないとならないのは何事にもノロイ僕には苦痛だ。しかしコンビニなら商品を持ち帰ることができる。家で自分のペースで頂くことができるなんて有難い。  衣食住の食をこのコンビニに頼りきっている僕は、毎日のようにシフトを入れてはこうして食料を持ち帰る。    カサカサとビニール袋の音を鳴らしながら、朝の通勤途中であろうスーツ姿の人達とすれ違う。年代は二十代から五十代と幅広い。みんなこれから業務だというのに、仕事終わりのような疲労を顔に浮かべている。  中学を卒業してから、フリーターしか経験のない僕には彼らの疲労がわからない。彼らも、またひもじい僕の極貧生活は理解ができないだろう。  しかし人間とは不思議な生き物で何事にも順応できる。端から見たら憐れな生活も僕にとっては日常だ。ひもじい思いには慣れているし、これが自分にとってベストなライフスタイルとさえ思うようになっている。  それが、最近になって少し思い直すようになったのは美恵子という彼女の存在がきっかけだ。今までの極貧生活は、あくまでも自分一人の人生を仮定してのライフスタイル。仮にこれから家庭を持つことを望むのならば、いつまでもこうはしていられない。  静かな朝の空気にたんたんとアルミの階段を登る音が響く。鍵を開け家に入ると殺風景な部屋に人の温もりはない。  カーテンを開けていくらか明るくなった部屋で卓袱台の上に頂戴した品物を並べると、三食にわけて保存する。保存といっても冷蔵庫はない。冬場はこのまま置いておくことができるけれど、夏場は涼しい場所を探すのに苦労する。  基本、日の当たらない方向の窓にフックを作り袋を引っかけて保管している。今のところそこが一番安全だと自分の腹が証明している。
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