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「やはり不確かな話ですね」
素直に感想を伝えると、今日も黒に身を纏った嘉吉山が苦笑する。彼女の服装にも店内にいる変わらぬ顔ぶれにも、何だか慣れてきた。
「他の子に連絡がとれたら良かったんだけど、私が小学生の頃はまだ子供が携帯をもつ時代ではなかったから。みんながどこに転勤してしまったか記憶にもないし。確かめることができない以上は、男の子の存在の有無は不確かなままよね」
「……そうですね」
今日はアイスコーヒーを頼んだ。僕は、ガムシロップを入れてストローでかき混ぜる。氷がグラスにぶつかる音はいつ聞いても耳当たりがよい。ごちゃごちゃになった悩を癒してくれる。
「でも、不思議なのよね。ふとした時に思い出すの。他の子のことは全く思い出しもしないのに、男の子のことだけは何だか忘れられないのよ。話したこともないから、余計なのかもしれない。知らないからこそ忘れられない。わからないからこそ考えてしまう。だから人は不確かなものに惹かれてしまいがちじゃない?」
ぶれずにホットティーを頼んだ彼女は、紅茶で暖をとるように両手でカップを包み込むと小首を傾げる。
正直、同意を求められても困ってしまう。生きてきた中でこの答えを出すための判断材料が足りない。そんな僕に嘉吉山はわかりやすく説明してくれる。
「例えばあなたがホラー作家を目指しているのも、既に不確かな世界に魅力されているからじゃない?」
「え?」
「自分が体験したことのないホラー。興味をもって惹かれていった結果が、言葉を綴るということに繋がるんじゃないかしら」
__僕が惹かれている?不思議な出来事や怪奇現象に?
正直、そんな自覚はなかった。しかし、最初はジャンルを決めずに書いていた小説がいつからかホラーというジャンルに縛られるようになった。もしかしたらその瞬間から、僕は魅力されていたのかもしれない。
「ところで……」
呆然としている僕の目の前で紅茶を嗜んでいた彼女は、ソーサーにカップを置くと飴色のテーブルの上に両手を組んだ。
「周りでいつもとは違うことが起きてないわよね?」
一瞬、コンビニの自動ドアのことを思い出した自分は馬鹿げていると思う。あれは故障しているだけだ。
「起きてないですよ」
僕が答えると彼女は一度だけ肩を上下させる。心底、ホッとしているようだった。
「なら良かった。伝染してたら大変だと思って」
「伝染?」
「恐怖は伝染するから」
嘉吉山はにっこりと微笑むと紅茶にミルクを入れて、仕上げのミルクティーを作る。そしてゆっくりと味わうように口に含むと満足そうに飲み込んだ。
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