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艶のある飴色をしたテーブルにノートとボールペンを置くと修一は目の前に座る嘉吉山と名乗る女性の瞳を見つめる。
「注意事項は、そのまま書かせて頂いてもよろしいですか?」
切れ長の瞳を細めながら微笑む彼女は、口元にできたエクボと顎先のホクロが印象的だ。
「ええ。もちろん。あなたが書いたものを読む人達にとっても大切なことだから」
「読んでもらえるようになれるかどうか……」
謙遜でも何でもない。自分に才能がないことは自分が一番わかっている。だけど、往生際が悪く諦めることもできずにここにいる。
「そこは頑張らないと」
「……はい」
肩まである黒い髪を片耳に掬いながら、彼女はまたエクボを浮かべた。
__嘉吉山と会うのは今日が初めてだ。
交際している彼女から連絡先を教わったのは昨日のこと。直接連絡をとると、すぐに会ってもらえることになった。
「この喫茶店、雰囲気がいいでしょ?」
「……は、はい」
黒いワンピースに身を包んだ彼女とノスタルジックな雰囲気のこの店内は妙にマッチしている。ワインレッドのベルベット生地をした椅子も、頭上にあるシャンデリアも彼女の為にあるように思えてくる。喫茶店のオブジェだと言われても不思議ではない程だ。方やよれよれのセーターにデニムという格好の自分は場違いのようで思わず身を縮めてしまう。
仕切られた隣の席では店内に流れるクラッシック音楽を聞きながら、白髪頭のお婆さんが優雅にコーヒーを飲んでいる。その向かい側には、おじさんが新聞を広げている。その他にもポツポツと席は客で埋まっていた。
駅から少し離れた場所ということもあるのだろうか。年配のお客さんばかりの喫茶店は妙に静かだ。無駄に駅の近くで時間を潰す若者ばかりの喫茶店とは空気が違った。
正直、嘉吉山に会うという目的がなかったら訪れることはない。
「お待たせしました」
白いシャツの上から黒いエプロンをした女性のウェイトレスが各々の飲み物を運んでくる。
彼女はホットティー。僕はホットコーヒー。テーブルと同じ飴色をした紅茶に、砂糖を入れ細い指でティースプーンを摘むと静かに撫でるようにかき混ぜる姿をただ眺める。
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