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マニュキュアの塗られていない爪は短く綺麗に整えられている。化粧も微かに色合いを乗せている程度で、清潔感を感じる。服装もシンプルな黒いワンピースに、装飾品はシルバーの涙型をしたペンダントだけが胸元で慎ましく揺れている。
シンプルな出で立ちが彼女の個性を引き立てているのがわかる。
自分に無頓着な僕には感心しかない。自分を引き立てる服なんて考えたこともない。考えることはいつも値段と着心地だけだ。
「……美味しい」
満足そうに紅茶を嗜む彼女は話し方にも余裕がある。
年齢は三十代というところだろうか。
二十八歳の自分よりも落ち着いた雰囲気を醸し出している。
しかし、肝心なことは彼女の年齢ではない。
紅茶を楽しむ時間を邪魔しないように、僕は砂糖を入れぬままホットコーヒーに口をつける。そして赤い布でできた上飾りのついた窓から外を眺めようとしたけれど、温かい室内と冷たい外気の温度差でガラスは曇っていて外は見えなかった。
やはり他人と向かい合いながら話すのは緊張する。初対面だと尚更だ。間がわからない。
ホットコーヒーを啜りながら、冷たい飲み物にすれば良かったと後悔する。既に僕の喉はカラカラだ。
視線だけ挙動不審になっていると、彼女がゆっくりとソーサーにティーカップを置いた。全ての所作は流れるように優雅で、何だか彼女だけ異なる時の流れの中で生きているように見えた。
「本当に私が体験したことを話してもいいのかしら?」
飴色のテーブルの上で両手から伸びる白く長い指を組むと、彼女は神妙な顔つきで声を落とす。さっきとは異なる雰囲気に佇まいを正すと僕は頭を下げた。
「お願いします。その為に僕はここにいるので」
ゆっくりと顔を上げると、彼女の切れ長の瞳が僕を見据えている。
「では、先程の注意事項を必ず守ってくださいね」
「勿論です」
「どんなことを話しても恐れないこと。絶対に恐れては駄目よ」
念を押すようにその瞳と言葉に力を込めると、嘉吉山の薄い唇がゆっくりと動き出した。
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