体験談Ⅰ

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「じゃあ、明日も同じ時間。この席で」  細い指が伝票を掴むとヒラヒラと揺らしながら「出世払いで」と、ウィンクをした。  情けないが、毎日通うとなると僕には今そんな金はない。よって、彼女の好意に甘えることしか選択肢はない。 「……すみません。ご馳走様でした」 「いいのよ。じゃあ、また明日」  彼女は黒のワンピースを翻しながら、颯爽と去って行った。  喫茶店を出ると僕はすぐに近くの公園に向かった。入り口付近に差し掛かると、こちらに背を向けるように設置された木造のベンチに愛らしい背中が見えて思わず小走りになる。 「修ちゃん!」  足音に気づいたのか恋人の美恵子は振り返る。胸の前で小さく手を振るその仕草が、あまりに可愛いらしくて心が癒される。 「ごめん。待ったよね?」 「ううん。今来たところだよ」  しかし、ぽっちゃりとした白い頬は紅く染まっている。きっと、幾分か待たせてしまった。それでも美恵子は優しい嘘をついてくれる。そんな彼女にせめてもと思い、途中の自動販売機で買ったホットミルクティーを手渡す。 「わぁー! ありがと!」  冷たくなった両手を、温めるようにミルクティーの入ったペットボトルを握る姿に自分の不甲斐なさを感じる。  近くのお洒落なカフェに入れる程、金に余裕はない。そのことをわかっているから、彼女はペットボトルのミルクティーでも凄く喜んでくれる。僕が気にしないように笑顔を見せてくれる。 「今度こそ入選してみせるから」  小さな頭に手を乗せると彼女はふふふと笑う。 「応援してる」  __美恵子と出会ったのは、バイト先のファミレスだった。  年齢は僕より二つ下の二十六歳。  彼女も真夜先生の小説が好きで出会ってすぐに意気投合した。  僕はホラー作家を目指し。彼女は劇団の舞台女優で主演を目指している。  お互いが夢を追いかけているからこそ刺激し合える。お互いのことを理解し応援し合える。  そういう意味では最高のカップルだと言えるだろう。   「小説はいつから書くの?」 「嘉吉山さんからの情報収集が終わってからかな」  今回、僕はとある賞に応募しようと決めていた。  しかしその為の技量も才能もない。だからといって諦めることもできない。  正直、僕に霊感があったらもっとリアルな作品が書けるのに。と、ぼやいた僕に美恵子は劇団を経由して知り合った嘉吉山さんを紹介してくれた。    “__きっと、本当の体験談を聞けば修ちゃんだってリアルな小説が書けるよ”  いつも前向きな言葉をくれる美恵子には救われている。だからこそ恩返しがしたい。
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