体験談Ⅰ

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「それで、どうだった?」  二人でベンチに腰掛けると、目をキラキラと輝かせながら美恵子がこちらを覗き込む。 「今日は呪いの話しだった」  自分で口にしながらも、その言葉は喉元に痼を残す。誤魔化すように一度咳払いをすると、僕は美恵子に今日聞いた話をした。 「……不気味だね」  眉間に皺を寄せ溜め息混じりに漏らした言葉が、僕にとっても正直な感想だ。 「確かにホラー映画やテレビで観る再現フィルムのようなインパクトのある怖さはなかったよ。だけどそのぶん、不確かさが不気味だった」 「それに、実話だって聞くだけで怖いかも」  小さな両肩を竦める彼女に苦笑する。  実際は作り話だとしても「本当にあった話」と、添えるだけで勝手に恐怖が増長されていくのだから僕は言葉の威力こそが幽霊よりも恐ろしいと思っている。 「でも、良い作品が書けそうだね」  そう言って、純粋に微笑む彼女に心臓がつねられる。僕を信じてくれている美恵子の期待に応えたい。だけど僕には恐ろしい言葉を巧みに遣いこなせる技量はない。正直、才能がない。  “__本当に才能なのかしら”  ふと、嘉吉山の言葉が頭を掠める。  彼女が何が言いたいのかはわかっていた。だけどそれこそ彼女の思い込みだ。世の中には才能というものが確かに存在していることを、幼い頃に僕は痛みと共に知ったのだから。 「修ちゃん。恐れちゃダメだよ?」  悪戯っぽい顔でこちらを見る彼女に言い返す。 「美恵子こそ恐れちゃダメだよ?」  すると彼女は不貞腐れたような顔をする。 「無理だよー。恐いものは恐いもん」  素直に認めてしまう所が可愛らしい。きっと幽霊の良心だって痛んで、彼女に災いは起こさないだろう。そう思うのは親バカならぬ彼氏バカ。 「修ちゃんは怖くないの?」 「僕は別に」  そう答えながらも嘉吉山の言ったように、これも「思い込み」なのかと考える。  僕は恐れていない。  しかし、恐れやしないと自負しているだけなのかもしれない。本当は、心のどこかで無意識のうち恐れを抱いている可能性もある。 「なら、多少は怯えないと。リアルな言葉を紡ぐことができないよ?」  美恵子のごもっともな発言に苦笑する。確かに恐れを体験しなければ、文字で表現することはできない。しかし恐れるなと言われている手前、複雑な気持ちだ。
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