究極のひとくち

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「キレてる! キレてるよ!」 「80番、もうデカイ!」 「腹筋板チョコ! バッキバキ!」 「65番の、血管むきむき肩メロン!」 「筋肉国立博物館だー‼︎」 東京オープンボディビル 75kg 級大会、決勝戦は、今まさに、最高潮の興奮に包まれていた。 ステージ上には、優勝候補の十人のマッチョがズラリとならび、スポットライトのなかで、見事な筋肉の隆起を黒光りさせていた。 この日のために、どの選手も、筋力強化はもちろん、筋肉の隆起をきわだたせるために、体脂肪を極限まで絞る過酷な減量をおこなっており、まったくムダ肉のない、ピュアな筋肉のみの体をしていた。 93番、こと俺、鬼頭(きとう) (つよし)は、自慢の三角筋・上腕二頭筋・大胸筋が、もっとも美しく見えるようポージングをとった。このために何度も鏡の前で練習を重ねた。 「93番は、手羽先の完全究極体か⁉︎」 わきたつ歓声。我を忘れて、推しの筋肉をほめたたえる言葉を、思うがままに叫ぶ人々。会場のボルテージはもはやマックスを起えて、カオスに近い。 思えば、ここに立つまでは、長い道のりだった。 俺の名前は鬼頭(きとう) (つよし)。──いかにも強そうな名前だろ? でも小学校のころは、完全に名前負けした、ひょろひょろのもやしみたいな少年だった。 クラスのひょうきん者が、「おまえ、つよしって名前なのに、ぜんぜん強そうじゃないじゃん。よわしだ!」「よわし! よわし!」と呼んだので、小学校の六年間ずっと、「よわし」というあだ名でとおってしまった。 ここで本気で怒ったり泣いたりしたら、よけいからかわれる。なので俺はそれを逆手にとって、初対面の鉄板ギャグのように笑って受け流していたが、内心は傷ついていた。 あまつさえ、高学年にもなると苗字の「キトー」のほうまでバカにしてきやがる。
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