手負いの大型犬

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都が掴んだ手首と、都の顔を交互に見やる男にため息をついて、ショルダーバッグからハンドタオルを取り出した。 包んで縛るには手が大き過ぎる。 どうしたものかと考えて、都は髪を結わえていたゴムを解いた。 手を包んだ上をゴムで止める。 「ちゃんと消毒しなさいよ?」 あとこれ、とまたバッグに手を入れて取り出した夕飯を男の胸に押し付けた。 空いた左手が受け取ったのを確認して離れた。 「じゃ、ごきげんよう」 男は都が持参して結局食べなかったおにぎりを二つ手に乗せて、ポカンと口を開けている。 「お、お姉さんありがとうございますっ」 夜中に声が大きい。 でももう関わりたくない。 都は振り返りもせずにコンビニを目指した。 「…けぷ」 無事にたどり着いた我が家。 1LDKのLの部分で都は二本目のビールを開けていた。 (しかし、あの男大きかったなー) 都の身長は165cm。 高すぎることは無いけれど、守ってあげたい可憐な女子には遠い。 その都より随分高かった身長はいくつだろうか。 見上げて話した気がする。 喧嘩をしてきたにしては、のほほんとした雰囲気がついつい手を出してしまった原因だった。 背の低い男性の隣ではヒールを履けない。 まあ本当は、ぺたんこの丸いフォルムの靴が好きなんだけど。 気の強そうな顔立ちは美人だと褒められる。 せめて印象が柔らかくなればと作った前髪も、緩くかけたパーマも、少しつり目の眼力のおかげでたいした力は発揮してくれなかった。 フリフリのミニスカートも、淡いピンクも似合わない。 無駄に育った胸も、同性には癪に障るらしい。 数ヶ月前まで、都はそこそこ大きな総合病院の看護師をしていた。 辞めた原因はその過酷さではなかった。 学生時代は陸上部。 ガッツはある。 夜勤だって連勤だって耐えていた。 好きでやりがいのある仕事だったのに。 患者の奥さんから、夫に色目を使ったとクレームが入り、元々折り合いの悪かった他の女性看護師からのいじめが始まった。 お尻を触られて、やんわり拒否していたその患者は粘着質で。 ナースコールを押しまくり、誰かが善意(・・)で奥様に注意して欲しいと話した事で問題になった。 あのナースが夫を誘惑している、と。 誰もそんな事はないと庇ってくれなかった。 男好きするスタイルと、あえて作っていた自分らしい振る舞いが仇になった。 別に女性として好かれていた訳ではない。 一晩お願いしたいとちょっかいをかける医師も少なくなかった都は、その誘いに乗り男をハシゴしていると陰口を叩かれていたから。 「そんなわけあるかっての!」 看護学校を出てから、必死で働いていた。 友達の誘いも、合コンも断って仕事に生きてたのに。 せめてもっと背が低くて、可憐で大人しい風貌だったなら。 誰か庇ってくれたのだろうか。 …考えても仕方ない。 毎回ここでモヤモヤする思考をぶったぎって終わるのだ。
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